あるところに
可哀そうに
歌で生きていた旅芸人は
耳が聞こえなくなりました

それでも彼に出来るのは
ただ歌うことのみでしたので
心の中の歌の手を
きつくきつくと握りしめ
必死に必死に 歌ったのです
そうすればきっと周りの人は
拍手とコインをくれたのです


ところがある日のことでした
瞼の表は暗闇に変わり
代わりに彼の恋人が
世界に戻ってきたのです

たとえ目に光がなくたって
旅芸人には歌があるのです
優しい耳が戻ってきたのです
もう何も怖くは無いと
瞼の裏の空を森を風を
必死に必死に歌いますので
そうすればきっとどこかから
何も聞こえませんでした。



必死に必死に歌っても
自分の声だけがろうろうと
耳に木霊するばかり
誰かが聞いているのかさえも
誰かに届いているのかさえも
もうわかりませんでした。


あるところに
可哀そうに
歌い続けて喉を潰して
空腹にさえも気付かずに
死んでしまったなきがらが
道端に伏しておりました
その足元には控えめに置かれたコインも
彼の邪魔をしないようにと
添えられたすみれの花束も
ただ転がっていたのでした
枯れてしまってかさかさ揺れて
涙を流していたのでした

コインはやがて持ち去られ
なきがらもやがて捨て去られ
今はもうその寂しい場所には
空の色をしたすみれが一輪
揺れているだけなのです



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