らくえんに つれていってあげよう。


緑色の檻の向こうで ぎょろり ぎょろり。
何処かで見た 何かが笑う。
呪文のように 口ずさむ。

らくえんに つれていってあげよう。



らくえん?
檻の中から、チョウは聞き返した。

そうさ。
ぎょろりは笑う。


この世の何処よりも素晴らしいところ。
暖かく、美しく、花が咲く。
君の翅も、もっともっと力強く。
君はそこで、幸せになれるのさ。


そうなの?
チョウは聞き返す。翅が震える。

そうさ。
ぎょろりは笑った。ぐぅるり、と。


つれてってあげる。つれてってあげる。
だけどそれまでは、此処で皆と待っていておくれ。

チョウは初めて、檻の中を振り返った。
そこには沢山の、チョウがいた。
大きいのやら、小さいのやら、
目立つのやら、目立たないのやら。


らくえんに行けば、何の憂いもありゃしないさ。
さ、行きたいだろう?


ぎょろり。
まるで上弦の月のように。
チョウは、ああ、と、記憶に呑まれた。
何処かで見た、怖い怖い何かが、見ていると思った。
やがてうなづく。ぎょろりは笑う。

大丈夫、つれていってあげるよ。
だけど。それまで。
君が本当にそれを望むなら、僕に君の美しい翅を沢山沢山見せてやくれないか?
時が来るまで、代わりに、君たちの精一杯の羽ばたきを僕におくれ。
そうしたら、君は幸せになれるから。



そうして、世界は閉ざされた。



花に触れることは出来ず。
月を追うことは出来ず。
風と笑うことは出来ず。

ねえ。らくえんに行きたい?
チョウは問うた。傍らのチョウは答えた。
もちろん。

ねえ。ぼくは、あの花に触れたいよ。
チョウは嘆いた。傍らのチョウは笑った。
我慢したまえよ。らくえんに行けば、もっと素晴らしい花が沢山あるだろうに。

そう言ったチョウに、チョウは泣いた。
ああ、ああ、あの花が枯れていくよ。
ああ、死んでいってしまうよ……。



――ねえ。らくえんに行きたい?
チョウは問うた。答えは返ってこない。

外の世界は、こんなにも輝いているのに。
君たちはそう思わないの?
ぼくは此処から出たい。世界を飛び回りたいよ!

チョウは叫んだ。答えは返ってこない。
一言だけ、誰かが呟いた気がした。

「…仕方、ない、だろ―――…」




チョウは月を見ている。
精一杯、その美しい翅を散らさんばかりにに羽ばたいているチョウたちの横で、
チョウは一人きりで美しい月を見ている。

いくつもの目に光を宿らせ、
チョウは、ずっと、ずっと、
月を見ていた。











らくえんは、楽園、落園、さて、どちらでしょうか。






人が笑わなくなっていくのは単に大人になってゆくからなのかしら。
競争社会ってみんな言うけど、そんならくえんは本当に幸せなのかしら。
地位やら名誉やら安定やらお金やら、そんなのに溢れたらくえんは。
それとも私が知らないだけなのかしら。

みんな、そんな嫌そうな顔をしながらも必死に必死に羽ばたくのね。
心の中に持っているものは、そうして散らしてしまうのね。
どうせ羽ばたくのなら、いっそ飛ぶことに使えば良いのに。

そう嗤っていた彼女を、彼女は笑いながら張り飛ばした。


何も分かっちゃいないくせに、と楽しそうに絶叫しながら。


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