悪い人間もいれば、良い人間もいる。そんな言葉を、生きていた頃よく聞いた。
 たった十何年程度しか生きていない、そんな俺が何をどう思おうが、未熟な若い考えなんだろうことは、その頃から理解しているつもりだった。
 幾ら難しいことを考えようが、考えるだけでは何の意味も無いことも。心の伴わない唯の理屈やキレイゴトには、何の力も無いことも。

 ……それでも、あの思いは本物だったんだ。

 自分を哀れむつもりもないし、生きていた頃……憎くて仕方なかった奴らへの感情も、捨てた、つもりだった。思い続けることに、疲れていた。死を選んでも救われなかったことも、もう、どうでもよかった。
 心も一緒に死んだんだなってことだけは、何となく、判っていた。

 そう、だから。自分が憎いという感情が戻ってきた時に、気づかなければいけなかったんだ。悲しいだとか、淋しいだとか、辛いだとか、そういう苦いものが戻ってきた、時に。
 自分を殺した者に科せられる、この罰の意味を。あの人が言った、謝罪という意味を。
 

 本当に無謀なキレイゴト。本当に無意味な報い。人の闇の部分ばかり心に刻んできた俺たちに、人の全てを見せ付ける、ある意味での最後の手段。
 ………俺は、記憶にある限り初めて、自分の運命ではなく、他人の運命の為に、あんたを呪いたいと、思ったんだ。



+・◆・+



 五月二十日 PM4:46

「ただいま――っ!」
 ばたばたばた、と騒々しい音を引き連れながら、夕奈の甲高い声が階段を駆け上がってくる。…今日はいつもよりさらに音がうるさい。何があったんだか、と俺は内心で呟きながらゆっくりと目蓋を上げた。思考が打ち切られて、ベランダの柵が視界に映る。……運が悪ければ、また延々と今日一日の武勇伝を語り聞かされることになるかもしれない。捕まる前に、さっさと屋根の上にでも移動しておくか。
 夕奈の部屋のベランダの隅、柵に囲まれ、世界から少し隔離された場所。最近の定位置である其処から重い腰を上げる。柵に手を掛け飛び立とうとして――ふと、自分が物音だけでそこまで勝手に推測を広げていることに、俺は改めて、何となく妙な違和感を感じた。
 その慣れない感覚を誤魔化すように、手の中へと視線を向ける。癖に似た意識でファイルを開きながら、示されるだろう数字を予想して、俺は溜息一歩手前の息を吐いた。
 ――一ヶ月ちょっと前に微熱を出して以来、何故か夕奈は物凄く元気だ。
 今まで週一以上のペースで欠席を繰り返していたあいつはどこへ行ったんだ、とさえ思う。今日に至っては、友達らしき子供を何人か引き連れて、こいつの家の庭でずっとはしゃぎまわっていた。…物凄くうるさかった。

『同じ可能性としては、十年単位で地上に残ることだって――』

 あの時の天使の声が耳に蘇る。ちら、と横目だけで投げやりに確認した数字は、今日は一桁にまで下がっていた。……これじゃ普通の人間とほとんど変わらない。
「本当に何なんだ、あいつは……」
 柵を掴んだまま、蒼いインクの連なりを睨んで、呟く。この台詞も、この二ヶ月の間で何度呟いたか分からなくなっていた。
 まるで、解き方を知らないか、もしくは完璧に忘れているのに関わらず突きつけられた数学の問題集を前にしているような気分になってくる。答えを写して誤魔化そうにも答えなんて最初っから渡されていないような、
「……あ、うわぁー! ほんとだ、すごーいっ!」
 ぶつん。
 行き成り背後から響いた高い歓声に、思考の糸が文字通り叩き切られた。逃げ損なったことと思考を邪魔されたことで、眉間に皺が寄るのを自覚しながら、溜息を一つ。今度は思い切り吐き出した。最近になってようやく自分の中からも聞こえ始めた『大人気ない』だの、そういう理性の声は蹴飛ばして黙らせる。こんな環境じゃ、そんな理想ゴトは無視しないと俺にはやっていけそうもない。
「しーがーっ! ねえ、みてみて、すごいよー!」
 すぱん、といっそ小気味いい程の音量で開かれた窓に、数拍の間を置いてようやく振り返る。……本当はこの間にも逃げることは出来たのだろうが、過去の経験から面倒なのでやめておいた。
 視界に、部屋とベランダとの境目に立って、満面の笑顔を浮かべている夕奈が映る。小さな植木鉢を両手に抱えて突き出しているので何かと思ったら、今までも窓辺に置いてあったカミツレの鉢だった。俺が初めてこの部屋に来た時も目に付いたものだったから、無駄によく覚えている。
 白い花が幾つかぽつぽつと咲いていて、別に、特に変わった所は見られない。夕奈が触ったからだろう、あの林檎に似た甘い匂いがやたら漂っているくらいだ。見てくれ、と差し出される意図がよく分からない。
「……で?」
「ん?」
 いつまでもそのままで固まっている夕奈に首を傾げてやると、ほとんど同じ角度で夕奈も首を傾げた。なにが? とでも言いたげなその目に、微かな苛立ちを覚えて俺は息を吐いた。
「だから……そのカミツレがどうしたって?」
 言葉を丁寧にしてもう一度問い掛ける。きょとん、と夕奈が一度瞬きをした。
「カミツレ、ってなあに? これ、カモミールっておはなだよ。カミツレちがうよ? おかーさんが、カモミールっていってたもん」
 その言葉に、今度は俺が目を瞬く。だけどすぐに思い当たって、ああ、と納得した。
「カミツレ、ってのは別に違う花の名前じゃない。カモミールの別名だ」
「………べつめー?」
「…別の名前。もう一つの名前」
 分かりやすい日本語に翻訳して、やっと理解したらしい夕奈が曖昧に頷いた。なんでそんな変な名前なんだろー、と小さく聞こえた呟きは無視しておくことにする。
 カミツレ、は確か近所の婆さんが俺に教えてくれた名前だった。いわゆる日本風の名前だ。妙に時代の差異を感じてしまって、何となく複雑な気分になる。…今じゃもう洋名が普通になってるのか。
 花なんか、と興味も持たなかった俺に、心の薬にもなるからと言って、無理やり知識と茶葉と種とを押し付けてきた姿が、ふいに浮かんで消えた。
「……で、そのカモミールがどうしたって?」
 誤魔化すように、改めて問いを向ける。まだぶつぶつと呟いていた夕奈が、ぱっと表情を明るいものに変えた。
「えーとね、ほらっ! さっきねー、おかあさんがおしえてくれたの、いままででいちばんおっきなはながさいたよって! ね、すごいでしょ?」
 …名前の違いについての疑問はもう、どっかに吹っ飛んでしまったらしい。細い指が一輪の花を指差す。…が、正直、俺には違いがよく分からなかった。言われれば、確かに他の花より少し大きい気もしたが、本当に少しだけだ。……かと言って、此処でノーリアクションだと文句を言われるので、適当に相槌を返しておく。
 一応それで満足したらしい夕奈が、花を見つめてもう一度笑った。もう良いだろうと判断して、俺も視線を元に戻す。相変わらずの、呑気な田舎の風景が目の前に広がった。ベランダからの景色は、何故か、屋根の上から見るよりも随分現実的に映る。
 とりあえず、と俺は考えを巡らせた。今飛び立ったとしても、夕奈が絶対逃がしてくれないだろう。…今までの経験的に。……あいつが部屋に引っ込んでから行くか。正直このベランダは、居心地自体は良くても、考え事をするのには向いていない。
 多分、飽きっぽいこいつのことだから、すぐにいつものように、部屋か一階かに引っ込んでくれるだろう。
「………あれぇ?」
 けれど、そんな俺の期待は、小さな呟きと軽く引っ張られたコートの裾に、あっさりと打ち消された。……しつこいな、今日は。
 しぶしぶながら目線を動かすと、いつの間にか、夕奈が隣に並んでいた。不意打ちな行動に驚いて、無意識の内に、少しだけ目を丸くしてしまう。サンダルも突っかけていない足が、雨や風に汚れたベランダの床に、やけに不似合いだった。
「ねえねえ、しーが」
 そんなこと全くお構いなしで、夕奈が俺に向けて植木鉢を差し出す。
「ここ…このこだけね、げんきないの」
 指し示された一輪は茶ばんでいて、枯れていることが一目見るだけで分かった。もう少しよく見ると、花の下の茎に傷がついている。それで、だろう。問い掛けられた内容は分かったが、…意図が理解出来ない。
 茶色く変色した花についての説明を求められているのか、……それともまさか同情でも演じろって言うのか? 
「あのね」
 内心で、眉を寄せて首を傾げていた俺は、急に調子の変わった夕奈の声に我に帰った。そして、――驚いた。
「……このこ、てんごくにいけたのかなあ?」
 四歳児の語彙に相応しくない単語が、目を伏せた夕奈の口から紡がれる。
 とっさに、言葉を返すことが出来なかった。そのちっぽけな一輪を見つめる夕奈が、一瞬、別世界の人間のように見えた。
 花と人とを同じように。
 「枯れる」と「死ぬ」は、俺の中で、似通っていても全く違うものだった。…それは、俺の元々の性格もあるだろうが、死神になって、無駄に多くを知りすぎてしまったから。尚更、そうだったんだろう。
 魂の有無、――その重さの違い。それを、…こいつは解っていない。
「しーが? ねえ、きいてるー?」
 コートの裾が、もう一度引っ張られる。ずっと黙っていたからだろう、不満げな目が俺を見上げていた。絶対的な観念をあっさりと蹴り飛ばした発言なんて、もう頭の中から消えてしまったように。
 当たり前だ、まだたった四歳の子供だぞ?
「………夕奈」
 膝を折って屈みこむ。俺が夕奈と視線を合わせると、視界が一気に狭くなった。やめとけよ面倒なだけだから、と諭す自分の中の声は聞き流す。頭の固い奴、という溜息も聞き流す。無邪気一色の黒い瞳を見つめて、俺は、口を開いた。
「…死ぬって、どういうことか、解ってるか?」
 一言一句、言い含めるように問い掛ける。夕奈の瞳に一瞬、微かな怯えの色が浮かんだ気がしたが、加害妄想だろうと言い訳して無視した。だけど少し眉が下がって、迷子のような顔をしたから、質問に困っていることだけは推測出来た。問いかけに問いかけで返されることになんて、慣れてないんだろう。
 沈黙という珍しいものが降りて、数拍。小さく唸っていた夕奈が、やっと口を開いた。
「……おはなし、できなくなる。あと、うごかなくなって、えーと……バイバイしなきゃいけなくなる…?」
 つっかえつっかえの言葉に、安堵と苛立ちを同時に覚えた。きっと、テレビや絵本、小さな食物連鎖から得ただけに過ぎない、仮初めの知識。それで良い、と思った。同時に、駄目だ、とも。
 初めてこいつに会った時、こんなにも長居することになるとは思っていなかった。だから、単純な誤魔化しでその場を凌ぐことも出来た。真実なんていつだって残酷なだけだ。それに子供なら尚更、そんなもの理解出来ないに決まってる。…それなのに、……何やってんだ、俺。
 どこか冷めた目で自分を見やって、それでも、俺は目を逸らせなかった。こんなに長い間、人の目を見ていたことなんて、どれくらいぶりか分からない。
「…夕奈、いいか、死ぬってのはそんな単純なもんじゃないんだぞ」
 俺が言えた台詞じゃないな、と言葉を押し付けながら何処かで自嘲する。だけど少なくとも、俺の中ではそうだった。
「花が枯れるのと人が死ぬのとは別のことだ。人の死はあっけないけどな、それでも、少なくとも、花とかそういうものと比べられるものじゃない。……天国だとかそんな言葉は、人くらいにしか使わないんだ」
 ……まあ、死んだ後に待っているのは天国とは限らないが。
 一旦言葉を切って小さく息を吐く。つられて降ろしてしまっていた目蓋を上げると、ふっと夕奈が俺から目を逸らした。手の中の花やら、自分よりも高さのある柵の向こうやら、視線をあちこち気まぐれに移して、
「…わかんない」
 ふいに一言、呟いた。
「……よくわかんないよー」
 枯れた一輪を見つめながら、不貞腐れたように続ける。
「ゆうなは、おはながかれちゃうのも、ちょうちょがうごかなくなっちゃうのも、いやだよ。かなしいよ? でもこれ、ちがうの? ねえ、よくわかんないよ。どうして?」
 小さいくせに真剣な目が、俺を見上げた。その目はあまりにも真っ直ぐで、…俺とこいつとの価値観の違いを、改めて思い知る。
「――― ……」
 吐きそうになる溜息を飲み込んだ。そう、相手は子供だ。本当の死と直面したこともない。理解出来なくて当然、……理解していない方が幸せなんだと、知っている。
 流石に、いい加減、これ以上話を続けても無駄な気がしてきたが――何となく――ここで引くのは、こんな子供に負けるような気がして嫌だった。
「……お前の父さんか母さんかに会えなくなるのと、その花に会えなくなるのと、どっちが悲しい?」
 …これで通じなかったら諦めよう。どこか自分に言い訳しながら、俺は夕奈にもう一度質問を向けた。『死』を理解出来ないのなら、それが永遠の――永遠自体が理解出来ないとしても――別れ、なのだと、とりあえず認識してくれれば。
「…………」
「…そういうことだ」
 口を閉ざして黙り込んだ夕奈に、やっと安堵する。その矢先、
「……どっちもかなしいよ?」
 すぱん、と突き放すようにさえ聞こえる声音が、俺の耳に刺さった。何の迷いもない、声。俺がそれ以上何か思うよりも早く、夕奈は笑顔まで浮かべて言い募る。
「ねー、しーが、にんげんしかてんごくいけないなんて、なんかヘンだよ。おはなだって、ちょうちょもみんな、てんごくいってみたいとおもうよ」
 不貞腐れていた表情は、もう何処にも見えなかった。自分の中の答えを、誇らしげに、自信たっぷりに断言されて、今度こそ俺は何も言えなくなる。
 ……動揺、と言った方が近いのかもしれない。だから、階下から聞こえる夕奈の母親の声もほとんど聞こえていなかった。
「…あ、はーい! いまいくよー」
 笑顔のまま、くるり、と夕奈が部屋の中へと駆け出す。そこでやっと、俺の耳にも夕奈の名を呼ぶ声が聞こえた。妙な概視感に囚われながら、さっさと遠ざかっていくその背中を見送る。さっきまでこいつに向けて仕掛けていた会話が自分ごと一気に馬鹿らしくなって、どっと疲れに襲われた。何やってんだ、と呆れていた声が俺の中で嗤い出す。……結局、いつもの自己嫌悪パターンかよ………。
「あ、そだ」
 部屋の扉を出る直前で、いきなり夕奈が振り返った。渦巻いていた思考が、またいつものように遮られる。
「ねえねえ、なんでカミツレはカミツレなんていうの?」
 脈絡ゼロの質問。唯でさえ混乱していたのに、気まぐれな質問を突きつけられて、何だかんだと思う余裕なんて無かった。記憶の中の言葉、やけにおせっかいだったあの婆さんが言った言葉を、俺の口がそのまま、勝手にリピートする。
「…神(カミ)様が連れ(ツレ)てきた花だから=v
 ……言ってから、自分の言葉に改めて引いた。
 けれど、夕奈にはそんなこと全く関係無かったらしい。目を丸くして歓声を上げたと思ったら、一気に階段を駆け下りていった。どたどたどたと騒々しい音と共に、母親に逐一報告をする声が響いてくる。
 あっけに取られたのと、混乱を引きずっていたのとで、俺はしばらくそのままの体制で固まっていた。遅れて来た足の痺れでやっと我に帰って、立ち上がる。
「……何なんだよ…」
 呟いた独り言は、ほとんど呻くような音だった。ベランダの柵に寄りかかって、思考を止める。視界を覆う薄汚れた床が目障りで、目を閉じた。……のに、ばたばたと、階段を駆け上がる音がもう一度響いた。
 顔を上げると、部屋の扉が開いた。カミツレの鉢を抱えた夕奈が、息を切らせて駆け込んで来る。
「このこいっしょにもってっちゃった。おかあさんが、かいものいくからるすばんしててもらいなさいーって」
 俺を見ると同時に、笑って言った。神様の花だって、神様の花、と楽しそうに呟きながら、日の当たる場所をわざわざ選んで、それはそれは大切そうに鉢を下ろしている。階段を駆け上るくらい急いでいるならさっさと戻れば良いのに、いつまでも鉢を弄っているのを見ている内に、…何故か腹が立ってきた。
「……夕奈、お前も答えろ」
 酷い声だ、と他人事のように思う。不思議そうに顔を上げた夕奈を見やって、今度こそ突きつけた。
「……どうして俺がここにいるか、分かってるのか?」
 最初に会った時、それを告げた時、死ぬのは嫌だ、とこいつははっきり言った。つまり、死についての恐怖は少なからず持っているはずだ。自分がもうすぐ死ぬ、かもしれない、ということも知っているはずだ。
 それなのに、死、の実感はまるで感じられない。最初にはぐらかしたのは俺だが、それにしても、ここまで気に掛けてもいないと、こっちの調子の方が、狂う。
 俺の目線は、睨んでいる、と言った方が近かったかもしれない。それを直視しているはずなのに、夕奈は、相変わらずきょとんとした表情のまま、首を、傾げた。
「なんでだっけ?」
 たった一言。
 簡単に言い放って、ぱっと立ち上がる。階下から響く名前に大声で返事をしながら、あっという間に部屋を出て行ってしまった。
 再びの、唐突な静寂。その中に取り残されて、俺は思いっきり途方に暮れていた。
 前提が、全部、ぶっ壊された。
 ……子供、そう、まだ、子供過ぎるから? それにしたって、自分が死ぬと宣告されたことを、ああも簡単に、忘れるか?

 思考の渦の中で、生きていた頃と同じように、しばらく其処に立ち尽くしていた。どれくらい時間が立ったのかは分からないが、きっと、十分前後。それだけの時間が立ってからふいに我に帰って、俺は初めて、自分が夕奈の側にいないことに気づいた。『買い物に行く』と、会話の中にあった単語が脳裏を掠めて、青ざめる。
 ベランダから、一気に玄関へと飛び降りた。目を向けると、案の定、家に隣接している小さなガレージは空っぽだった。焦りに襲われながら、玄関を見やると――僅かに半開きのまま放置されている。夕奈は留守番、という微かな希望のシナリオが浮かび、駆け寄って、開け放つ。……が、灯りの落ちた暗い室内に、それはあっけなく否定されてしまった。
「どうすんだよこれ……」
 途方に暮れながら、のろのろと視線を落とす。やけに散らかった靴の数々に、やたら急いでいた夕奈の姿が浮かんだ。……あいつか。突っ走る勢いで玄関の靴を踏みつけて、玄関さえちゃんと閉めないで出た、と。
「…田舎だからって…無用心にも程があるだろ……?」
 勝手に、苦い笑いが零れる。正直、もう笑うしかなかった。普段なら、十分くらいのタイムロス、追いかけられたかもしれない。買い物に行く時のお決まりのパターンならいくつか推測出来たはずだ。車のナンバーだって二ヶ月間見ていたのだから覚えている。……普段なら。
「…………」
 深く深く溜息をついて、のろのろと玄関を出た。飛ぶのも億劫で、恨みがましくベランダを睨んでから、やっと飛び上がる。どさりと、投げやりに屋根の上へ着地した。
 もういい、どうせまだ死にやしないに決まってる。きっとたかが三十分、その程度で戻ってくるだろう。
 酷い言い訳だと自覚していたが、自分でもそんな気がしていた。十年単位と言ったのはあいつだ。……きっと何も無いだろう。
 ぼんやりと風景を眺めながら、都合の良い解釈に浸る。正直、夕奈を探して追いかける気力が、今の俺には無かった。無気力状態、……久しぶりのそれだ。最近は割となかったのに、と嫌になる。
 もう随分と長くなってしまった、邪魔なだけの髪を揺らして、温(ぬる)い風が吹き抜けた。
 そのまま、思考をストップさせている内に、ふと、さっきまでの妙な衝動――意地でも夕奈に死を理解させようとさせていたアレ――が、何処から来ていたのか、何となく、理解した。
 ……あれは一種の同属嫌悪だ。
 死に対して、何の恐れも抱いていなかった、…違う、抱いていない、自分への。
 …歪んだ自尊心。

結局、最後まで、ファイルの数字の確認はしなかった。



+・◆・+



『………で?』
 物凄く不機嫌な声が、屋根の上に放ってあるファイル――正確には、勝手にファイルから浮かび上がったホログラムから響く。そっぽを向いて完全無視を決め込んでいると、俺に負けない盛大な溜息を吐かれた。
『なーんか変な反応があると思ったら、死神のくせに担当者の側から離れやがって……こっちも忙しいんだよ馬鹿! 余計な仕事増やさないでくれないかなマジで!』
『エターナ! 貴方もいい加減に……』
『あーもー黙ってろ弟! お前はさっさとお前の管轄戻りやがれ!』
 あの後、俺の都合の良い予想通り、夕奈たちは何ごともなく帰ってきた。
 安堵のような拍子抜けのような、とにかく、屋根の上でそれを見ていた矢先、冥界から一方的に連絡が掛かってきたのだ。珍しい、と思ったら―― 一ヶ月前に少しだけ話した天使が、物凄い表情で魔法陣の上に現れた。……そして今に至る。どうやら、俺の仕事っぷりは向こうに筒抜けだったらしい。
『……ったく……にしても…、随分と荒れてんなぁ』
 ふいにトーンの変わった声に、背けていた目を向ける。不機嫌に呆れを加えた天使が、片腕を組んで俺を見上げていた。残りの片腕の先は、ホログラムの下の方へ伸びて消えている。多分、その手の下には俺のファイルのと同じ魔法陣が描かれてるんだろう。
『…ま、これくらい予想範疇だから別に良いんですけどね、別に! …ほんと、予想出来ても困るんだけどさぁ……』
 投げやり、と言うよりはいっそ適当な口調。俺と目が合うや否や、ふん、と鼻を鳴らして天使の方が先に俺から目を逸らした。てっきり、もっと徹底的に言及されるか叱責されるかと思っていた分、拍子抜けしてしまう。
「……全然驚いてないんだな」
『こっちだって伊達に、途方も無い数の人の魂と死神相手にしてねえよ。死神の気力喪失なんて良くある良くある。…お前はまだ軽い方だぜ?』
 不機嫌全開だった顔が、嫌な感じに歪む。例の意地悪そうな笑顔を浮かべて、静かに、天使が俺へと向き直った。……嫌な予感がする。
『……そういう死神に喝入れんのもオレの仕事でね。先に言っとくけど、二重奏者担当で疲れてる云々、生者と関わるなんて聞いてない云々、そんな言い訳オレは聞いてやらないからな?』
 ……………またか。
 的中した予感に口を閉ざすと、天使が一瞬だけ苦笑いを浮かべて肩を竦めた。――感情が思いっきり顔に出ていたらしい。…出したくも、なる。こういうパターンから次に予想されるものなんて、大抵はもう聞き飽きた綺麗事の羅列ばっかりだ。
 バレない程度の溜息を吐く。とたん、溜息で返された。
『生憎、優しさなんてモンは弟にほとんど持ってかれてるんでね。ま、喝が逆効果になっちまうタイプの死神は、そういうのにしっくり来る別の天使が担当に着くから良いんだよ』
 右の親指で、天使が肩越しの後方を指差した。目で追うと、ホログラムの風景の中に浮かぶ机、に埋もれるようにして、別の天使が――多分、見覚えがないからこいつの弟とかいう方の天使とは違う――魔法陣を前にして、誰かと会話していた。
 俺が素直に視線を向けたことにとりあえず満足したのか、天使が一人で頷く。
『とりあえず――お前の担当者はまだ死んでないんだよな?』
「……ああ」
『そりゃよかった。なら今回は適当でいーか』
「……は?」
『は? って……なんだお前、みっちり説教でもされたいのかよ?』
 理不尽に睨まれて、慌てて否定した。……喝入れる、とか喚いていたくせに――適当すぎないか、それは、いくらなんでも。ねちねちと説教をされるのは絶対に嫌だが、前置きが大きかった分、こっちの調子が狂う。
 隠そうともしなかった俺の不審は、向こうにも伝わったらしい。片手を否定の形で振りながら、天使が軽く声まで立てて笑った。
『…ま、何だかんだ言って、今のとこまでは頑張ってたっぽいしな。雰囲気も随分マシになってきたし…それに幸いお前の担当の子はまだ生きてる訳だし…なら、みっちり言う必要はねーだろ、ってね。今のアンタなら自分で何とか出来るだろ。新入り時代に比べれば十分な進歩進歩』
 …雰囲気がどうだの、全く身に覚えの無い言葉に、眉を寄せる。それに、俺が死神になった頃のことを、この天使が知っているはずがない。会った記憶も無いのに、どうしてそこまで断言出来る?
「何を根拠に……」
『ん? だってそりゃ、お前、オレは天使だぜ? ちょっとした記憶力くらいあるさ。一回擦れ違っただけでもオレは忘れないし、あ、ちなみにこないだのお前との会話も一言一句覚えてるからな、オレ。……まあ、それに……死神はみんな大抵、新入り時代は荒れてるんだよ、普通。お前だって、口は利かないわ目は死んでるわ反応返さないわ凄かったじゃないか。人間なんか大嫌いだって叫んでたこともあったっけな、覚えてないか?』
「…………」
 …じり、と胸焼けに似た感覚がした。
『――だから、そーいうモノなんだって! ……というか、あれだな、それで良い≠チて言った方が近いかもな』
 無言でホログラムを睨みつけたものの、俺の視線は天使のあのへらへらとした笑みに簡単に押し潰された。さらに、まるでその上に蓋をするように、言葉が続く。
『変わったよ、お前は。まー放置プレイでもこいつなら何とかなるだろって思えるぐらいにはな。少なくともちゃんと怒るようになったし。オレ達も、オレ達の上司も、それで構わない――って思うと思うぜ? ただし――』
 ふっ、と。天使の顔からやる気の無い笑顔が消えた。
『少々弛んでるのは確かだしな……』
 ……コロコロと表情を変えまくっている顔が無表情になった時、というのは死んだってやっぱり慣れない。一瞬、背筋を冷たい汗が流れた、気がした。…俺の目を見据え、無表情のまま、天使が言葉を紡ぐ。
『忘れんな。お前は死神で、あの子はいずれ死ぬ。十年単位になるかもとは言ったけどな、……次の一瞬、あの子が生きてるって保障は無いんだ。現実には予想の付くこともあるが、まるっきり予想の付かないことだって普通に存在してる。たまたまこの世界軸ではそれを今まで運良く逃れ続けてるってだけに過ぎない』
 とうとうとした、平坦なトーンで声が続く。……結局説教やるんじゃないか。そんなことぐらい解ってる、と言い返してやろうかと思ったが、やめておいた。…面倒なだけだ。
『何があったかは知らないけど……あんまり入れ込みすぎると、後で泣いても知らねーからな。……お前達の死神の掟、忘れんなよ』
 それだけの言葉を押し付けて、来た時と同じように一方的にホログラムが掻き消えた。今の今まで黙っていた風に吹かれて、開かれていたページが元に戻っていく。
「…何言ってるんだか……」
 拾い上げて息を吐くと、ページが震えて、ファイルがカサカサと小さく鳴った。……もう随分ボロボロになってきたな、こいつも。
 消える直前、あの天使が何か言っていたような気がしたが、俺の耳には聞こえなかった。



+・◆・+



「ふへー……」
 光を失っていく魔法陣を見ながら、エターナは息を吐き出した。長く、深呼吸のように吐き出しながら、腹癒せのように連絡紙を指で微かに弾く。元々、どちらかと言えばこういう事――人と一対一で向き合う事は得意ではないのだ。
「お疲れさまです、エターナ。心労を抱えている所申し訳ありませんが、もうさっさと次の連絡応対に行ってください」
 淡々とした声と一緒に、コーヒー入りの青いマグカップが突き出された。目をやると、隣の机でファイルを整理していたターナルが、器用に空いている片手でファイルを捲っていた。ちなみに目線はファイルに向けたままで、自分のいる方向など欠片も見ていない。
「…うっわ、兄に対して酷い言い様。ちょっとくらい休ませてくれたって良いんじゃんかー」
「駄目です」
「厳っしいなぁ……」
 へら、と投げやりな苦笑を浮かべながらもカップを受け取った。とりあえず一口啜って、自分の机へと向かう。何だかんだ言って、ちゃんとミルクとシュガーを入れてくれる辺りマメだよなぁ、と感心していると――ぽつり、と声が響いた。
「…彼の様子はどうでした?」
 青く縁取られた白の中で、茶色い水面が揺れる。珍しく話を振ってきたターナルに、エターナは肩を竦めた。
「どうにもこうにも、……ま、大丈夫だろ、あの様子なら。多分ね」
「多分、って……」
「まあ、ちょーっとヘタレてるのが気になったくらいかな。このケースなら仕方の無い気もするけどさ」
 随分と感情を顔に出すようになってきた、あの一人の死神が浮かぶ。一番初めに見た時は本当に唯の抜け殻のようだったから、随分回復してきてはいるんだろう。……ただ、その代わりに、そろそろ、死神の存在について疑問を持ち始めても可笑しくない。生者との接触があるなら尚更だ。
「……良い子ですね、あの子は」
「あ? …あー、あいつの担当してる子のことか?」
「ええ。彼の姿が見えるとは思いませんでしたが、結果的にはこれで良かったのでしょう。彼も――」
「…いやー、そりゃあ早計ってもんだぜ弟よ」
 苦笑して、エターナは隣の机へ顔を向けた。とたん、珍しく、瓜二つの顔をした弟と視線がぶつかる。随分久しぶりに目を合わせる気がして、一人で感動していると、あっさりと逸らされた。……なんとなくデジャヴを感じたのは、多分気のせいじゃない。
「…酷いなお前」
「気のせいです。……それより…どういうことです? 早計とは」
「……ん…いや…そうそう簡単に行くかねぇって話。あいつ見た目よりも割りと情に弱いっぽいし。ちゃんと保護してくれると良いんだけどな」
 それきり、会話が途切れた。コーヒーを啜る音とファイルのページを捲る音、周囲の雑音だけがしばらく響く。やがて、ファイルを交換しようとターナルが椅子を引いて立ち上がり――その音に紛らせるように、ぽつり、とエターナが口を開いた。
「……死神の鎌は唯の強制的な収穫の鎌じゃない、時が来た魂を迎えて受けとめてやる為の鎌だ。熟れた知恵の実を収穫もせずに放置してたら、勝手に落ちて死んじまう」
「……ええ」
 独り言にも似た呟きに、ターナルが控えめにとは言え返事を返す。仰向いて、最後のコーヒーを一気に流し込み、エターナは空になったカップを置いた。軽く笑って息を付く。
「ま、あいつがどう気づけるかどうか、だな」
 空いた右手を連絡紙に押し付ける。浮かび上がった桜色の魔法陣と、この魔法陣の先にいる連絡待ちの死神は誰なのかを確認しながら、エターナはそっと口を開いた。今度は、ターナルにも聞こえないような、小さい音が空気を微かに震わせる。……死神相手にはタブーの言葉と知りながらも、願わずにはいられない。
「………頑張れよ」



+・◆・+



五月二十一日 AM2:46

 ふっ、と突然視界が暗くなる。顔を上げると、黒い雲が空――と満月を覆っていくのが見えて、俺は無意識の内に息を吐いた。……一雨来たら面倒だ。インク自体が発光しているから暗闇自体は正直どうでも良いが、濡れるのは死神になろうが面倒なことに変わりは無い。
「…やっぱり、ベランダに移動しておくか……」
 ファイルを畳んで、立ち上がる。屋根から降りる前に一度振り返ると、月の光を遮られた田舎の風景は、深夜なのも手伝ってほとんど黒一色だった。ぶつぶつと途切れ途切れに見えるのは、せいぜい少ない街路灯と車のライトくらいだろう。それは夕奈の家の周りも同じで、小さな街路灯が一つくらいしか付いていない。しかも今にも切れそうに、危なっかしく点滅している。……切れたら夜はどうするつもりなんだろうか。
 そこまでぼんやり考えて、俺はだらだらといつもの様に続いていた思考を打ち切った。……埒があかないというか、早くしないと雨に降られる。
 羽根を広げて、ベランダの床へと降り立つ。雨が掛かる位置掛からない位置は、この二ヶ月で何となく把握出来るようになっていたから、一番安全そうな場所を選んで腰を降ろす。ついでに時計を確認――二時五十一分。……夜が明けるまではまだ遠い。
「ふう………」
 今日一日の疲労を乗せて、今度は意図的な溜息を吐いた。…今日だけで何回吐いたんだか、検討も付かない。…疲れることが多すぎた。
 少しだけ首を回すと、カーテンの隙間から、夕奈がいつもと同じように呑気に眠っているのが見えた。……今日のことなんて、多分もう絶対忘れてるに違いない。ついでに、…今日の言動から考えて、自分が死ぬかもしれないってことも綺麗さっぱり忘れているんだろう。
『あんまり入れ込みすぎると―――』
「……だからそれはあんたの誤解だろ」
 …何故かふいに脳裏に走った声を、独り言で追い払う。あれから、俺なりに一応、あの天使の忠告を反芻はしてみたつもりだった。……が、結局、あっちの勝手な思い込みだとしか考えられなかった。死神の掟なんて、天使達より俺達の方がよっぽど強烈に叩き込まれているし、第一、なんであいつが俺をああ評したのかがまず解らない。……どこをどう見たらそう勘違いするんだか。
 これ以上考えててもしょうがない、と結論付けて、俺は背中を壁に預けて目蓋を閉じた。そのまま思考を閉ざそうとしたのに、…たまたま思い返したのを良い事に、一つの単語がいつまでも耳から離れずに邪魔をしてくる。
 死神の掟を忘れるな、死神の掟、死神の、掟、掟、掟………
「煩い……」
 恨めしく呟いてみるものの、効果は無しだった。忘れてない、のに。死神になってからずっと、俺の行動指針の最初に来ていた掟だ。最初から最後まで通して言える自信がある。忘れていない、……はず。
 いくら言い聞かせても、耳の奥でその言葉が回っているようで気分は悪いままだった。あの天使に正面から脅しつけられたからだ、と現実逃避してみたが、それも効果無し。宛ても無く視線を動かすと、ちらり、と時計の嵌めてある手首が目に留まった。
 特に考えるでもなく、何となく、腕時計を右手で押し上げてみる。太いバックルが退いて、文字盤の光に微かに照らし出された傷跡は、一ヶ月前と――というか、俺が死神になった時から、何一つ変わっていない。……変わったと言えば、せいぜい、以前よりは随分冷静にこの傷跡を直視出来るようになったくらいだろうか。
「……ほんと、派手にやったよな…」
 一人で苦笑する。…夕奈に気づかれるまで、思い返すのさえ避けていた傷だ。痛かったのかどうか、その記憶も切れ切れで正直よく覚えていない。
 ポツ、ポツ、と小さな音の後、予想通りに雨が降ってきた。連なるような音に変わっていくそれを聞きながら、腕時計を元の場所へと戻す。
 あの時の泣いていた夕奈の顔やら、初めて俺にこの時計が渡された時のことやら、そこから連想される色々なもの――俺の意思を無視してやたら浮かんでくる記憶を持て余しながら、俺はすることもなく空を眺めていた。……本当に、死神になってからは暇な時間が多い。…いや、今回が本当に特別なのかもしれないが。
『もし君が、君という人格の消滅を本当に望むのならば』
「預けた全ての魂を、無事にここまで送ってくること 定められたその魂を、必ず、違わず、その瞬間に 見届け、受け止め、その手で守り送ること ……よし、大丈夫、覚えてる」
 暇潰しと気晴らしに――記憶の中の言葉を、掟の一部をそのままリピートする。案の定、忘れてなんかない。
「…見届け、………か」
 今でさえも時間を持て余しているのに、あとどれくらいの間、俺は此処に立ち止まっていなければいけないんだろうか。
 最近は慣れに飲み込まれてきている気がするが、やっぱり、それを考えると気分が落ち込んだ。ファイルの死亡率確認も、以前は暇さえあればやっていたのに、最近じゃ思い出した時くらいだ。………何となく、あの天使に釘を刺された訳が解ったような気がした。
 ………。
 どうせあの天使は、十年なんて単位が途方も無さ過ぎるだの、そんな話は聞いてくれやしないだろう。…俺の生きた時間の半分より長い時間だ、想像するにも無理があるのに。
「全く……」
 独り言をぶつぶつと続けながら、久しぶりに…とは言っても数時間ぶりに、ファイルをぱらぱらと捲る。見慣れたページを繰り返して、自動更新される部分だけを一応読み返し、最初のページに戻る。そのまま、いつもの癖でファイルを閉じようとして――ふと、視界の隅に違和感を感じた。閉じかけた表紙を開き、蒼いインクが俺の視界に浮かび上がる。

『綾瀬夕奈 現想定死亡率 八十一パーセント』

「……っ!?」
 何か思う前に、思考が止まった。昼間は一桁だった数字が、むしろ、ここ最近ずっと低かった数字が、跳ね上がっている。とっさに立ち上がって、俺は窓の方を振り返った。カーテンに閉ざされたその向こうには、夕奈が普通にさっきと変わらぬまま眠っているはずで、…そう、何も変わったことなんて起きていない。今回もそう、どうせ今までと同じパターンだ。そう何度も引っかかって堪るか。
 一度上げた腰を、もう一度降ろす。今回は珍しく慣れがプラスに働いてくれたらしく、一ヶ月前の時のような焦燥はあまり感じない。それにどちらにしろ、もし、何かがあったとしても――この距離なら、大丈夫。
 深呼吸の後、俺はそろそろとファイルの紙面に視線を落とした。見間違いじゃないかどうかを確かめる為、だ。……もし見当違いな勘違いだったりしたらあまりにも救えない。さっきの衝動で早くなっていた鼓動を整えながら、視線を斜めに動かす。案の定、そこには蒼い焔が揺らめくように、くっきりとアラビア数字で八十四と……八十四?
「まさか……」
 随分目にしていなかった数字の並びに、蒼い焔が変化していく。俺がそれを食い入るように見ている間にも、四、と示していた焔が、ゆらゆらと忙しく揺らめいてその姿を変えていく。八を示す左の焔は変わらないまま、右の焔だけ、五、六、七……八。
 …これは、……もしかしなくても、……その時が、来る?
 やっと、俺の頭が自体を飲み込んでくれたらしい。同時に、固まっていた足が条件反射で勝手に飛び起きた。とにかく右手を翻して、手の中に、別空間へ送っていた死神の鎌を呼び戻す。久しぶりの感覚を懐かしんでいる余裕は、無かった。
 右手の鎌の先端を、夕奈の部屋の窓へと向ける。…背後で響く雨の音がやけに煩い。鍵を開錠する前に、左手のファイルの数字へ目を走らせると――その瞬間、二つの数字が同時に揺らめいた。九とゼロが隣同士で並ぶ。……幾らなんでも急過ぎる、こんな急激に死亡率が上昇するなんて在り得ない!
 焦りばかり先走る俺の脳裏に、ふと、二重奏者――天使が言っていた、耳慣れない言葉が浮かんだ。同時に生まれた推測に、舌打ちしたくなる衝動をやり過ごす。……弛んでいたツケが、こんな場所で帰って来るとは思っていなかった。幾ら特別なケースだとか、急すぎるだとか、そういうものはともかくとしても、この行程は何度も体験してきている。普段なら多分此処まで焦ることも無かっただろうに…!
 ガチン、と乱暴な音を立てて鍵が開く。そのまま、窓とカーテンを押し退けると、俺は部屋の中に飛び込んだ。間に合ったのか、と喧しく問い掛けてくる自分の声を押さえつけ、手首の傾斜を利用してファイルを開く。
――九十二、パーセント。現在から色々な分岐の果てに仮想出来る、例えば十個の未来(平行世界)の内、九個の未来(世界)では死が確定している状態。
 ……十年は長い、なんて考えていた矢先にこれか。
 眉間に皺を寄せながら、目を閉じて、溜息を一つ。……さすがに九割まで来ればもうほぼ確定、だろう。……多分、このペースから判断して、あと十五分も無い内に、俺は夕奈の魂を持って、冥界へ帰ることになる。
「……………」
 手の平が痛いと思ったら、鎌の柄の装飾が食い込んでいた。……力みすぎだ。自分を持て余しながら、赤くなった右手を軽く振る。落ち着け、と繰り返しても正直ほとんど効果が無かった。 ……いつもこうだ。焦燥もマイナス思考も、焦ることに焦って、落ち込むことに落ち込んで、結局自分で拍車をかける。
「―― ………ん……どーしたのー…?」
 ふいに、雨音に紛れる程の、ほんの小さな音が俺の耳を刺した。部屋の奥に、小さなオレンジの灯りが灯る。その小さな灯りの輪の中から、眠そうな目が俺のことを見ていた。……ああ、そう言えば、随分前に嬉しそうな顔をしながらランプを買って帰ってきたことがあったな。
「しーがぁー、まだよるだよー。おこさないでよー」
 間延びした抗議をしながら、夕奈は遠慮もなく欠伸を繰り返している。さっさと寝に戻るつもりなのだろう、起き上がっていた影が、ぱたんと横になるのが見えた。
「…………」
 どう見ても健康体だ。どう見ても、死にそうに見えない。俺が今まで見てきた死の中には、……それは、確かに穏やかなものもあったが、それでも大体が、苦痛の果てとか、絶望の中とか、そういう悲惨なもので。
 俺のファイルの方が狂っているんじゃないか、そんな考えが頭に浮かぶ。……ここまでボロボロになったのも初めてなのだから、可能性は否定出来ないはずだ。
 手の中に、視線を落とす。絶対、だと解っているのに、どうしてもその数字に――九十五パーセント――現実味が感じられない。
「…ねー、しーが、なんでまたそのこわいの、もってるの? ゆうな、それキライっていったのにー。あと、さむいから、ちゃんとまどしめてー」
 ……雨の音が、煩い。本降りになってきたそれのせいで、夕奈の声も掻き消されそうだ。とにかく、夕奈の方を向いたまま、後ろ手で窓を閉める。少し静かになった室内に、呑気なくしゃみが響いた。鎌を持ったまま、一歩二歩と灯りの方へ近づく。
「……? ねえ、ゆうな、それキライだって」
 返事をしないまま、俺は夕奈から一歩半の距離で立ち止まった。目線を合わせて、数拍。ふいに、ぼんやりと俺を見上げていただけだった夕奈の表情が変わった。肘をついて、一度横になった身体が起き上がる。
「……なんでそんなこわいかおしてるの?」
 言われて初めて、自分が思い切り眉間に皺を寄せていたことに気づいた。訳がわからない、とでも言いそうな夕奈の表情に、言いたいのはこっちだと声に出さずに呟く。
「――俺が二ヶ月前に言ったこと、覚えてるか」
 俺の予想していた通りの病死や衰弱死じゃないなら――何が起こる? 呼吸困難、心臓発作、窒息、天災火災人災、事故、突然死の原因なんて幾らでもある。
 きょとんとして、何の反応も示さない表情が、それ以上聞くまでもなく答えを告げていた。
「…お前は―――」
 それ以上目を合わせられなくなって、視線を逸らす。カタリ、と雨音の中に別の音が混じった気がした。…現実逃避、だろうな、と苦笑する。
「………ママ?」
 ――それなのに、夕奈の声がそれを否定した。顔を上げると、夕奈の視線はドアの方を向いていて――今の音が、足音だ、と俺も気が付いた。注意してみると、少しずつそれは大きくなっていく。多分、階段からだ。……窓を開ける時に注意しなかったからな……下にまで聞こえたか?
「………じゃない」
 突然、左腕が引っ張られた。気づくと、何故か、縋るようにして夕奈が両手で俺の手を掴んでいる。内心で冷や汗をかくことに気が向いていた分、視界が留守になっていたらしい。……なんでこんなことになってるんだ?
「……何してるんだよ」
 見下ろすと、不安げな夕奈の目と視線があった。
「ママのおとは、もっとやわらかいもん。それにパパのおとはもっとくっついてる」
「………は?」
 何のことだ、と問い掛ける前に腕に掛かる力が強くなる。とりあえず何かに怯えている――ことだけは分かって、腕はそのままにさせておいた。
…そんなことよりも、今は――
「ねえ、どうしようしーが、こわいよ、だれかいるよ」
 相変わらず、夕奈は俺の腕にくっついている。……何も知らないまま、何が起こるかも知らないまま、呑気に。……やっぱり、もういっそ、その方が良いのかもしれない。
「………お前の父さんか母さんかしかいる訳ないだろ。俺の立てた音で起きたんだよ」
「ちがう、ちがうよ、ぜったいちがう、…あ、しーがのおともだちかなあ」
 適当な相槌を返しながら、ファイルを覗き見る。…どうしても実感が沸かない、数字。……あと数分もないだろう。何が来ても良いように、右手の鎌をもう一度握りなおす。……とりあえず身体の内側が原因になる確立は多分ゼロ。だったら外側からの何か――大地震でも来るんだろうか?
 その時、キィ、と軋むようにして、ドアノブが回る音がした。思考を止めて、何気なく俺はそっちへ顔を向けた。窓の音云々は…閉まっているのを見れば、空耳だったのかと夕奈の母親か父親も、適当に納得してくれるだろう。…その後何がどうなるのかは知らな

 ――――――リィ―――――――ン …………!

 何度も聞いた、あのアラームが鳴り響く。 







「……いやぁ―――――――――ッ!!」
 
 最初に見えたのは、扉の隙間で煌めいた反射光。次に聞こえたのは、被さる二つの甲高い二重奏。耳鳴りのような、俺の腕時計の音水晶の悲鳴と、俺に今度こそ縋りついた、劈くような夕奈の悲鳴。
 死亡率百パーセント到達の通告。そして、俺とよく似た瞳と一瞬目が合った。
 焦りと怯えと動揺。そんな目をした、誰か、が、体中を強張らせて、俺の隣で叫び続ける夕奈を凝視している。その手には、オレンジの光を反射して鈍く光る鋭い包丁。そして今度こそ、階下で寝室のドアが開け放たれた大きい音。
 本当に、全てが一瞬だった。
「         」
 言葉になっていない叫び声の後、憔悴しきった顔の誰かが腕を振り上げる。雨の音と、階段を駆け上がる足音と、アラームの音と、夕奈の悲鳴が、一度に重なった。
現実味の無い世界。
「たす、け、…て――――― ッ……!!」
 ぎゅう、と、痛いほど左腕が抱きしめられる。一瞬の間に、この家の戸締り意識、人通りの無さ、外の雨の音、あの天使の言葉、そんなことが俺の脳裏を駆け巡って。やっと俺が理解する。
 夕奈は殺される、と。



『――こうやるとね、いたいのなくなるんだよ』



 衝動。理性崩壊。前提も予想も想定も何も無い赤い世界。
 何か思う前に、俺は右腕を思い切り斜めに振り上げていた。
 甲高い音がもう一つ響いて、オレンジの光が一瞬煌めいて、闇の中へ消える。金属特有の落下音。包丁を跳ね飛ばされた男が、何が起きたのか分からないまま目を見開いていた。
 呆然と空を見上げたそいつと、俺は確かに目があった。一瞬なんかじゃない、瞬き三つ分の確かな長さ。明らかに怯えの色を宿した目を見据えて、……正直、俺はその時ほとんど何も考えていなかった。
 振り上げたままの右腕を、その勢いで思い切り振り下ろす。
 鈍い音が辺りに響いて、男がバランスを失った。倒れていくその身体を見て――次に感じたのは猛烈な激痛。殴られたような頭痛に、俺はその場に倒れこんだ。右手に握っているはずの、鎌の感覚と重みが掻き消える。
 ドアが開く音、夕奈の両親の声、それから多分夕奈の声、が聞こえたまでは覚えている。死神にとっての絶対のタブーをやらかした俺の下で、粒子に還った死神の鎌が魔法陣を描いていくのを感じながら、俺はそこで、本当に久しぶりに自分の意識というものを失った。



+・◆・+



「やだ、やだよ、しーが、しなないで、しなないで!!」
「夕奈、落ち着いて……! 大丈夫、もう大丈夫だから、お父さんが警察の人も呼んだから…ね、もう大丈夫だから…怖かったでしょう、良かった、本当に生きててくれて良かった……っ」
「よくない! よくないの! …はなしてっ! なんでおかあさんみえないの、しーがが、しーががしんじゃうよお…!!」
「………あのね、夕奈。…人は、あまりにも怖いことや辛いことにあったとき、幻が…本当はそこにないものが見えたりすることがあるの。…夕奈も凄く怖かったのね。それで……」
「ちがう! いるよ! いるもん! いっ……、…!? やだ、なにするの、まってよ、しーがのことつれていかないで! おねがい! やめて、やめてよ、しーがはゆうなのともだちなんだよ、おねがい、つれていかないで!」
「…………夕奈…」
「いかなっ……あ、あ、……あ、………――やだぁああ……ッ!!」



+・◆・+



……死なせたくないと願ってしまったのは 死んだ筈の――



+・◆・+



「……やーっぱりやらかしやがったか」
 コツン、と硬い足音が響いて、首を少しだけ動かす。覗き込んできたのは、ホログラムを通して何度も見たあの天使だった。束ねた金色の髪が揺れて、邪魔そうだな、とぼんやり思う。
 向こうも返事は期待していなかったらしい。ベッドの近くにある椅子に腰を降ろして、当番なんだろう、俺の手首の脈――正確には違うらしく、魂の力がどうのこうの説明はされたが未だによく分からない――を計ったりしている。……まだ感覚がぼんやりとしか感じない。
「…まあ、なんとなくそんな気はしてたけど、な。……あの子の死の運命は――病死、か刺殺、のどっちかだった。…まあねえ…病死ならまだ納得も出来るけどねえ……目の前で殺される人間をほっとけってのも難しいわなぁ。しかも仲良くなってちゃ尚更だね」
 例のへらへらとした笑みを浮かべながら、てきぱきと点滴…だと思う器具や、他にも色々なものを点検していく。あまりにも言われっぱなしなので少し睨み返すと、何故か満面の笑顔で返された。
「やーい図星ぃ」
 …………普段ならともかく、この状態で勝てと言う方が無理だ。面倒になって目を閉じると、きし、と椅子が軋む音がした。
「あ、オレもめんどいから目閉じてるままで良いぜ。まあ適当に聞いてくれ。…えーとだな、今回のお前のアレだが。とりあえず殴ったお相手さんは全治三時間の気絶だったそうだ。今は殺人未遂で引き渡されたらしいけどね。……で、君は今回ので魂に直でダメージ食らってるから…まあ全治三ヶ月。だーから、掟忘れんなって言ったのに……。攻撃すれば返って来るって教えられたろ? ……いや、まあ知っててもアンタならやってたか。それはまあ良いや、別に」
 ……色んな感情が渦巻くのを感じながら、心の中だけで毒付いておく。…耐えろ、俺。どうせ聞き流してれば終わることだ。
「で、君の担当の子は――おかげでこっちが大変だよ。運命が捩れたせいで、当分はまだ生きていられるだろうってさ。そうそう……ちなみに今はアンタがやらかしたあの日からちょうど一日経ってますが……お前がいないの寂しがって泣いてるらしいぜ。お前を呼び戻す時も泣き喚かれて大変だったしなぁ」
 やけに楽しそうな声音で話しながら、天使が声を立てて笑った。何が楽しいんだか、と呆れながらも――良かった、と思う自分がいるのも確かで。
 ……俺が俺じゃないようで、それは多分今弱ってるせいなんだろうということにしておいた。
「……さーて、長話も次の話題で一応終わりだ。頼むからちょっと真面目に聞いてくれよ、――椎羅佑一」
 唐突な単語に、思わず目を見開く。もう何年も耳にしていなかった言葉。
……見上げると、相変わらず緩い表情をしながら、天使が笑っていた。
「今回の件で、一応神様からの伝言だ。あんたには選択肢が二つ。すぐじゃなくて良いから、よく考えてから直接伝えてきてくれ。あ、うん、治ってからで良いからさ。―――人に戻るか、死神になるか」
 突きつけられたのは、本当ならあと二十人近くの魂を運んでから訪れるはずの質問だった。
 死神の任を終え、人格を破棄し輪廻に戻り、また人として生まれるか。それとも、このまま、永遠に俺という人格のまま、死神で居続けるか。
 剥き出しの、俺の左手首を握って、天使が笑う。
「神様が、アンタはもう大丈夫だってさ」



+・◆・+



もし君が、君という人格の消滅を本当に望むのならば、君に預けた全ての魂を、無事にここまで送ってきてあげて欲しい

定められたその魂を、必ず、違わず、その瞬間に――その者の運命ごと見届け、受け止め、その手で守り送ること

 ……もちろん、生きている人にその死神の証を向けてはいけないよ。それは、熟した魂を奪い取るのではなく、受け取る為の鎌なのだから。人を殺す力はその鎌には無いけれど、痛みは与えることが出来てしまう

 どうか今言ったことだけは守って欲しい。もし破れば、それは君を傷つけることにしかならないし、…君が目指す終わりから遠ざかることにもなるだろうから

 ……私が今、君に言えるのはこれだけだ

これは悲しい殺人を犯した君達への罰であり、そして、『私達』が君達に捧ぐ、最後の祈りと謝罪なのだよ。


 

 ボロボロになった魂が行き着く場所に居るのは、哀しい優しい笑顔を浮かべた、一人の神様。
 与えるのは、蝙蝠の翼と銀色の鎌。闇色のローブと腕時計。そして、充分過ぎるくらいの一人の時間と休息と、真っ直ぐな出逢い。
 現実のしがらみ全てから切り離された世界で、導かれ赴く場所に待つのはただ真っ直ぐな人間の生と死。

 彼らは世界の傍観者。魂を導く案内人。魂に導かれる迷い人。

 闇ばかり刻まれてきた心には、光も存在していることを。
 罪悪感に苛まれる心には、それが特別じゃないことも、もう赦されているということも。

 死にも生にも世界にも 思いっきり触れておいで。
 死の悲しさも優しさも 生の喜びも厳しさも。
 
 魂の傷が癒えるまで。
 また生きてみたいと 笑える日が訪れるまで。
 君も 単なる一つの掛け替えのない命なのだと 思い出せる日まで。
 
 綺麗事、理想事、ご都合主義、一方的、押し付け、自己満足。
 例えそれだけのものでしか無かったとしても。
 せめて、悪夢から目を醒ます手伝いを 私にさせて欲しい。

 私の愛したこの世界の中で。



 死んでゆく者 生きてゆく者
 強い者 弱い者
 笑う者 泣く者 怒る者 歌う者
 六十六億の声が響きあう

 織り成し奏でる歌の響きを 聞いておいで
 私たちは 生きている

 響き往け
 優しい鎮魂歌

―――Requiem Harmony





「……ん? なんで夕奈に自分の姿が見えたんだ、って? あー、教えてなかったか。違う違う、二重奏者とかは関係無い」

「あの子はな、……もし、お前が、自殺していなかったら。その先の未来の人生で、お前と出会う筈だった魂だ」

「お前の人生で、友人だろうと恋人だろうと、とにかく大切な人に成り得た人は、お前が死神になったって、お前の姿を見ることが出来るんだよ」

「……死んでからもずっと一人ぼっちで寂しいままなんて、オレ達の神様は赦せなかったんだって、さ」


 ――何年ぶりだったろう、頬が濡れた経験なんて。

 そして俺は、自分の選択を告げるべく、あの人の前に進み出た。



 
Fin








【 Harmony … 音、色などのハーモニー。調和。
        行為、考え、感情などの調和、一致、和合、平和】



08年 文芸部誌「游」 卒業の号掲載


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