水面に歌う星

 

涙色の、星空に
吸い込まれた 声が消える

流れ星は願いを叶えてくれる――と
歌い 伝え続けた人々よ
その胸の内に
光は 輝いていたのかしら

消えゆく
星粒にかけた 切ない願いたちは
今はもう 指からこぼれて
星の夢へ還り 蒼に抱かれる

消えゆく
流れ星の 言ノ葉たちよ
夜空に残した 一筋の尾は
まるで 滑る 落ちる 堕ちる


死にゆく
その狭間の 儚い 宇宙(セカイ)の欠片よ

散りゆく
涙と体に 誰が何を願えただろう?

美しい 光に消えた
最後の、想いよ
許されるなら この青い光を
想って
願って

どうか安らかに
安らかに……
流れ落ちた星々は、
どうやって空に帰るんだろう。


 



黒闇に落ちた、星ひとつ
光ること忘れた、星がひとつ

空の色を忘れて 海の蒼に恋をした
そして星は、空に浮かぶ自分の椅子から、
ころん、と
海に向かって 飛んでいった

流れた軌跡は 涙かな 心かな

身を切るような痛みに、目を開けて
きらりゆらゆら、漂う蒼の
彼方に浮かぶ、紺蒼が


ああ、
僕のいた
世界は。


浅瀬から 光の届かぬ海の底へ
いつのまにやら 流されて 
水面の空が、消えてゆく

誰かあの星に教えてやって
空の上から見下ろした、あの海の蒼の美しさを

黒闇の底でさめざめと
泣き続けている星ひとつ
水面の向こうの星空に
謝り続ける星ひとつ

思い出して、あの漣(さざなみ)の歌を
星の歌声に重ねて聞いた
今も貴方を包む あの漣の歌を 思い出して、もう忘れないで、
貴方を包んでいる歌声を
 



 




海に落ちた、星がひとつ
世界の裏に、もうひとつ


きららしゃらしゃら
星たちの歌
時には、悲しい針になる
離れてみれば美しくとも
耳を澄ませば、泣き声が

しゃらしゃら、儚すぎる光の
触れたら割れる、薄氷の涙よ
砕けたガラスは粉々の雨
割れて飛び散り その心を
内側から
刺していくのよ。

ひとり、身を投げて
もうひとり、飛び降りて
ああ、空を割る、涙が
海の底へ、落ちてゆく



うれしかったんだよ
ありがとう

ごめんね。

……ゆらり ゆらるる
青い水面のぬくもりの
遥か彼方、揺れる世界に
光る星は 眩しすぎて

海底に踊る砂粒と
淋しい笑顔を浮かべながら
ああ、どうしてぼくは、
あんなに美しい世界を、捨ててしまったのか

ぼくの光は、もう届かない。

聞こえますか、優しい光
かつてぼくの世界にあったもの
その優しさに、もっと早く気づいていたら、
ぼくはまだ、輝いていられたかな
それとも、ここに落ちない限り、
そのことに、気づけぬままだったかな

聞こえているよ、君たちの歌
優しい声も、苦しい声も
嗤い声も、笑い声も

聞こえているよ、君たちの歌
帰っておいでも、帰ってくるなも
優しい言葉も、冷たい言葉も
ぼくへの、歌が。

……ごめんね、ぼくの灯し火
もう少しだけ、待っていてください
ぼくを嫌いになってもいいから、
でも、ぼくに君の歌は届いていたこと
それだけはどうか、どうか、信じていて

繰り返したごめんねが、届かなくとも
いつか、ぼくが、飛べるようになるまで
 







青に抱かれて 見た夢は
涙色に 染まる世界
瞳からこぼれる水は 海の欠片
帰ってきたの
私はここへ

しんと、静かな
まどろみ、荒れる世界
ああ、水面の向こうに仰ぐ
黄昏は ゆらゆら微笑んで
夜明けの子守り唄と共に

水底から、虹が見たいと言うのは
やっぱり少し、ぜいたくでしょうか

逢いたい
淋しい
帰りたい

言ノ葉をうたかたに乗せて
ふわふわ 夢へ飛ばしましょう
光れない星は、歌えないから

だけど、不思議なことに
この、淋しい漣の世界は、
どうしてこんなにも冷たく、暖かい

もう少しだけ、夢を見ましょう
まぶたを閉じて ゆらゆら揺られて
涙も 溶けてくれるから
 

夢の彼方、空の向こう
水鏡一枚、隔てただけの

聞こえているよ、優しい歌

ここも、とても優しいけれど
ここからじゃ、光が届かないから

ごめんなさい――――
もう少しだけ、待っていて
私の歌も、伝えたいから

青の狭間
水面で笑う青の歌を
光の翼が 羽ばたく日に
 







降り注ぐ流星雨が 空の涙ならば
蒼い漣の水底に 抱かれて
ゆらるる ららら
歌に揺られて
どうか今は おやすみなさい。

二つの青に染まる世界は
きっととても
優しく 淋しく 暖かいから。

光れなくなってしまった星も
本当はきっと 美しいのに。


涙なのか、水面なのか
ゆらりきらきら
星明かり
希望のように、そこに在るのに
触れたら ぱしゃん
微笑んで
見上げるとまた そこにいる


 



2008年 文藝部誌「游」 バレンタインスペシャル号掲載
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