「こんにちはお婆さん」

小さなお店の扉を叩く。こんこん、こん、何処かで狐が鳴いている。返事が無いのをいいことに、勝手に扉を開けたなら、天蓋は木漏れ日の大曼荼羅。眩しさに目を細める、歌声が聞こえる。膝に乗せた黒い子猫がキーボードを弾いている。高い高いメロディが気化し木漏れ日と交わりキャンディと鳴って落ちてくる。ゆっくり、ゆっくり、腰を深く曲げ、木の実と一緒に拾い集めている。ああ、見つけた、お婆さん。

「こんにちはお婆さん。キャンディひとつ下さいな」

お婆さんは答えずに、黙々と雨を拾い続ける。ステッチのついたオレンジを財布代わりに取り出して、ひとつふたつと数えて並べてもう一度。

「寂しさと哀しみを少しだけ垂らして、月光と少女を隠し味にした、甘いあまぁいミントシュガーが欲しいの。寂しい時に舐めたなら胸がじんわり柔らかくなる、悲しい時に舐めたなら涙がすっと楽になる。ああそれからね、今の流行のね、身体の雫もちょっとだけ疼くくらいにお願いね。真っ青なキャンディが欲しいから、みんな美味しいって言うけれど、月経の血はいれないで。それは今度買いにくるから。その時はねその時はね、どうしようかな、男の人を鼻で笑った処女の黒髪でもいいし、そもそも身体のことを全部笑った女の人の口紅を入れてもいいな。とにかく変なの入れて欲しいのその時は、みんなをびっくりさせたいの!ねえねえお婆さん、あなたはどんなのがいいと思う。ああでもね、とにかく今日は、少し寂しい青いキャンディ、哀しみを溶かしちゃうくらいの甘いキャンディくださいな!」

くるりと振り返る、お婆さんの顔には瞳がなくて、あれあれ、おかしいな、どうしてそんなに笑っているの、何か言ったけど聞こえないよ。
真っ青なキャンディをぽんぽん袋に放り込んで、投げてよこして、どうして笑うのそんなに笑うの。

「これでいいんだろう?」

お代のオレンジをひっつかんで大笑いしておばあさんは消えた。
日が沈んだ。真っ暗になった。少し怖い気がしたけれど帰り道には何もなかった。
どれだけ探しても、もうお店は見つからなかった。


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