Mascarade



<fatalité>→そして指揮者は円舞曲の始まりを告げる

……この世の者は全て招かれざる客
生まれ落ちた以上 顔を上げましょう
壁の隅で蹲ったままでは独り取り残される
俯いたままでは貴方の御手を 取られるgentlemanは何処にも居られぬ
生まれ落ちた以上 顔を上げましょう?
その真実の姿 硬く美しいmasqueで隠しながらも

さあ 美麗なmademoiselle、御手を拝借
さあ 踊りましょう? この命を

真実の顔は知られぬように
真実の姿は知られぬように
美しrodeに高貴なmasque さあ始まりの笛が鳴る

舞い舞い踊りしValseに合わせ 次に巡り会うは何方でしょうか
御手を取り合い 一礼の後 さあ踊りましょう、刹那のこの命を

世界は広すぎるchâteau 星月の光はシャンデリア
煌びやかで広大な広間の果て 待つのは奈落か楽園か
…素性を隠した gentleman dame
出逢い笑いつ踊りましょう

心を美しい冷たいmasqueで隠した
上面だけは立派は我々
さあ踊りましょう 今宵一晩
瞬きほどの人生 その中のさらに一瞬
紡がれるValseは終末へ続く子守り歌

凛と勇敢な瞳のroiのmasqueを被った貴方も
美しい瞳で笑うespritのmasqueを被った貴方も…
優しい光を懐くangeのmasqueを被った貴方も
茶番劇を演じるclownのmasqueを被った貴方も…

……さぁ、素性の顔など誰も分からぬまま 共に手を取り 踊りましょう?

広間への扉が開かれる
扉を押さえるvaletのmasqueを被った誰かが微嗤む――

「その裏の貴方様の真実の顔は 覚えておいでなのですか?」




<suggestion>→そして淑女は踊りの輪に戻っていく

他愛も無い小鳥のお喋り 踊りながら囁き交わすの
…くるくるくるり 御手を回し合い 初めまして、monsieur、prince、clown
…くるりくるくる 御手を換え合い さようなら、madame、Princesse、ange

masqueの裏の真実の顔は 最後まで隠されたままですのね?
微かに微かに見える、masqueの奥の瞳の光
私のmasque越しに見る貴方様の遠い光は
あまりにも微かで小さくて、私にはもう見えないのでございます

一瞬の間のパートナー 刹那が過ぎれば掻き消える淡雪
終わりを告げる鐘さえ鳴ってしまえば、もう何も残らないのでございます
嗚呼、なんて、なんて、

「…おやおや、泣いているのかい、mademoiselle?」

…世界は豪華絢爛なchâteauの大広間 ステップを踏む為のscèneなの
身に余るrodeにaccessoire 自らより美しいmasque
美しく着飾らなければ、存在さえも許されないのよ、mademoiselle?
その醜く濁った素顔を晒して 受け入れてくれる方が居られるとお思いなの?
……なんて可哀想な、思い上がったmademoiselle.

嗚呼、嗚呼、なんて、なんて、悲しいのでしょう
この涙さえも、私の綺麗なmasqueに遮られて、誰にも伝わりはしないのでございます

「だったらそんなモノ、外してしまえば良いではないか、mademoiselle?」

嗚呼、言うだけなら簡単なのです、clown
clownも、monsieuもroiもaristocrateもvaletの方々も
masqueを付けておられる中で、
私、独りが、この重いrodeもaccessoirもperruqueも masqueも、
全て脱ぎ捨ててしまえと言われるのですか?
そして、この、醜く暗い素顔を晒してしまえと言われるのですか?

――〝孤独の闇に囚われるのが関の山でしょう〟

嗚呼、嗚呼、嗚呼…! ……なんて、華やかで寂しい世界なのでしょう…。
孤独に囚われるのも……このまま踊り続けるのも……悲しいこと。
だけど私には、信じることが出来ないのです…この素顔を受け入れてくれる方がいる事を。
masqueと一つになれてしまえたらどんなに素敵な事でしょう…。
だけど…そう……そんな日は、永遠に訪れないのでしょうね………。





<plainte>→そして紳士は扉の向こうへ独り進む

腹の探り合いに冷たい駆け引き
もうそんなモノに関わりたくは無い
自らを偽って、自らの光まで掻き消せと言うのかね、bon Dieu?

こんなに窮屈な服にも 貼り付けなければいけない笑顔にも疲れてしまった
孤独の闇に飛び込んだ方が まだこれよりは良いに違いない
こんな滑稽な茶番はもう 終わりにして差し上げよう

…そういう訳だ、mademoiselle
私はもうこんな馬鹿げた所には居られないのだよ
Au revoir、 mademoiselle.
偽りのamourを向けていてすまなかったね――違う誰かと、幸せになりなさい。

masqueを脱ぎ捨てたのは見知らぬ誰か
ぽつりと独り、取り残されたのは可哀想なmademoiselle
masqueの向こうの殿方に騙されていたのだね
でも、そう、仕方の無い事だ
君も彼を騙していたのだから………

「Désolée………」

気丈に微笑み見送ったPrincesseのmasqueの裏で 彼女はさめざめと泣いている
紡ぐ続く耳に突き刺さる 奏でられ止まない人生のValse
独りぼっちの彼女の周りで くるくる踊り続けるのは我々?
だって、そう、彼女のmasqueは微笑んでいて
我々のmasqueの穴越しに見える彼女は気丈なPrincesseなのだから

「ネエ、キミモ、イツマデ ソノ カメンヲ カブッテイル ツモリナノ?」

―――――― ………

歪んだPrincesseのmasqueを被ったまま 独りのdameが静かに立ち上がる
rodeを摘んでふわりと一礼 気丈に歪んだ微笑みで……

「……踊り続けましょう prince?」

私は元の私には戻れない あんな思い通りにならない醜い私など見たくもないのです
私はこの道を選びましょう masqueと一つになってみせましょう
だって私は、只の、臆病な、只の、愚か者なのですから……




<murmure>→そして演奏者達は静かに階段を降りる

人は本当に悲しい生き物なのだねと、violonisteは呟き
君もその一人だろう?と、violoncellisteは呟きました

何故自分を偽ってまで孤独から身を守ろうとするのか?と、 flutisteは言い
そういう君も純粋な心で生きてはいない癖にと、clarinettisteは言いました

時には優しい嘘も必要だろう?わざわざ傷つける必要もあるまい?と、clavecinisteは囁き
相手を真実思ってもいないのに傍らに居続ける事が善と言うのかと、pianisteは囁きました


嗚呼、悲しい、哀しいの、もう私は何も見えないのです
恋い慕う貴方の真実のお姿 それを見ても私の思いは燃え続けてくれるでしょうか?
嗚呼、怖い、恐いのです、もう私は何も分からないのです
恋い慕う私の真実の心 それは本当に貴方様を愛しているのでしょうか?
これはamourと言うものなのでしょうか?それとも只のfantômeなのでしょうか?

嗚呼、苦しい、狂うしいのです
短い間とは言え、手を取り踊り合った、私と共に居た皆様
嗚呼、貴女の心も私の姿も、もう私は分からないのです
かつてのamitiéの誓いは今も続いているのでしょうか?
私は、貴女は、そこに本当の思いは輝いていたのでしょうか……?


「騙していたのは、どっちも同じでしょう?」


masqueを被り、お相手を騙したまま踊っていたのでは、
そこに本当の真実が生まれる訳は無いでしょう?
貴女がお相手を騙すのなら、お相手も貴女を騙すに決まっているではありませんか?

独りで鳴り続けるinstrumentsを置き去りに joueursは立ち上がる
永遠に鳴り響くValse 舞い舞い踊れと人急かし
抜け出した先には何が待っている?

こんな茶番は全く馬鹿馬鹿しい。さっさと退場しようと、trompetteを捨てた人は嘆き
で、その後君は僕達は一体どうするつもりなんだい?と、corを捨てた人は嘆きました

それでもbon Dieuは無言のまま指揮棒を振り続けるのでしょう。
………永久に。




<cri>→そして指揮者は円舞曲を奏で続ける

孤独を恐れて、自ら踊り続け自分を愛す、自分勝手なPrincesseと。
踊る自分が嫌で、孤独を望んだように振舞う、臆病なprinceと。

騙し続けた後悔を感じながらも、踊りの輪から抜け出せないままのdameと。
自分は正しい道を歩み始めたと、その行為の意味も知らぬままのgentlemanと。

自分の心と向き合う事を忌み masqueと一つになりたいと神に願い嘆いた誰かと。
masqueと一つになりつつあって 自分の心を忘れつつあって悲しみ狂った誰かと。

悟った振りをして世界を憂えるjoueurの方々の心は。
全てに気付こうとしないinstrumentsが知っているのかもしれません。

ああ…貴方はどうします? 外すのでしたら私がお預かりして処分致しますよ。
え?もう外しているよそんなモノ付けてなんかいない、ですって?
可笑しいですね。貴方はmasqueを被ったままお話しておられるではありませんか。
付けている事にさえ気付いていないのならそれは大変お相手に失礼になるのでは?

ああ…貴女は外さないのですね? 外したいと思った時には私が処分しに伺いますよ。
え?こんなモノ要らない外せるものならもう外したい、ですって?
可笑しいですね。貴方の手を掛ければ一瞬でmasqueは外せるではありませんか。
偽りの友情に愛情に気付きながらもいつまでしがみついておられるのですか?

偽りの優しさからだとしても。純粋な哀しさからだとしても。
持て余す憎しみからだとしても。胸に懐く慈しみからだとしても。
盲目な妄想の自己愛からだとしても。単なる強迫観念からだとしても。

ほら、貴方の貴女の美しいmasqueが。私からは、よぉく、見えます、よ…?……


―――煩い五月蠅いもう我慢出来ない貴方(bon Dieu)なんか大ッ嫌い!!


突如響いたのは、演奏を貫く叫び声。そして誰かがmasqueを床に叩きつけた高い音。
その素顔に、周りの方々がさぁっと遠のき、だけど、ほんの一握りの方が。
溢れ出した涙に濡れる誰かの周りに歩み寄り、そっと静かに抱きしめました。
優しいmasqueを付けたままの人も多くいましたが、歩む途中で、美しいmasqueが落ちた人も。
確かに、そこにはいたのでした。その人は踊り続けていた足を止めました。
その周りで、masqueを付けたままの人々は、くるくるくるりと、踊り続けていたのでした。




<eschatologique>→そして我々は―――

指揮者の奏で続けるValse 舞い舞い踊れと広間を駆け巡り
逃げられない人々は いつしか踊り始めるのでしょう
悲しきかな哀しきかなと嘆く声も やがて 消えてゆくのでしょう
招待状の未だ届かぬ幼子の笑顔も やがて 細い指の間から零れ落ちて行くのでしょう

masqueを被ったままの客人方は 目の前の方がmasqueを付けておられるのかも分からず
只 踊り続け やがて刻が来ても…奪われるものなど何も持っていないのでしょう

ああ、聞こえる、聞こえる、悲しいValse
踊れ踊れと叫びながら私達を弄ぶ 孤独の闇と引き換えに
そんな生き方は 哀しさと虚しさ以外に何が残ると仰られるのです?

こんなモノ外したいと叫んだ少女の耳元でValseが踊れと高く高く叫ぶ

「さあ、…君は、どうするんだい?」

指揮者の言葉も知らず人々は踊り続ける masque越しに見る世界は狭く暗く遠く
…踊りの輪の向こう側に微かに見えた 手招きしているあの人達は誰?

踊る人々狭間で煌めくmasque その輪を抜け出し駆け出した向こう側に
masqueを捨てた人々は待っていると仰られるのですか――?


「嗚呼、神様(bon Dieu)!!」


そして少女は、―――― ………





……Fine.



2007年 文藝部誌「游」 新入生紹介号掲載




…ワルツを奏でているのは、神さまなんかじゃない、それは





私と貴方 その顔にも masqueはきっと在るのでしょう
だけどmasqueの向こう側に 大切に想う人もきっとまた 在るに違いは無いのでしょう
遠く響くValseを聴きながら

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