ある日の黄昏時のこと
一匹の蟻がてくてくと
荒れ地を歩いておりますと
ふいに、
歌声が聞こえたので
そっちに
行ってみることにしました
何故って蟻は、とても寂しかったので。

赤い世界をしばらく行くと
やがて、遠くに
不思議な小山が見えてきました
おや、あれは、
蟻は思います。
ずっとずっとずっとの昔に、
蟻の仲間たちが
作り上げた小山から
その歌声は聞こえてきます。

ちょっと急いで行くうちに
蟻は不思議に気がつきました。
小山の麓に、からからと
小さな何かが積み上がり
そして小山のてっぺんに、
なんだか誰かが座っています。

「こんばんは」

小さな小さな蟻の声に
誰かがぬうっと振り返ります
どうやらそれは狼でした、
真っ白な真っ白な狼でしたが、
その目があんまり虚ろなので
狼に見えませんでした。
一生懸命な蟻の手は
揺れても揺れても
虚ろに映らないようでした


日がゆるゆると沈んでいきます
世界を赤に赤に照らす
最後の灯りが消えて
いくにつれ
小山の周りにすがりつく
箱がほんのりと光りだし
蟻は小さく震えました。
その古ぼけた箱たちが
ほんとにほんとに微かな声で
歌を歌っていたからです。

触れてみると
暖かく
蟻は小さく泣きました
その暖かさはみんなみんな
虚ろの狼だけのもの
蟻に贈られた温もりは
ここにはありませんでした。


「狼さん、狼さん」

必死な蟻の大声に
振り返った狼に
蟻の悲鳴が
投げられます。


「お願いします、この温もりを、一つ分けてくれませんか」

虚ろな目が細まって
狼は静かに言いました


「最初からいらないよ、こんなもの」



立ち尽くした孤独の蟻を
もう狼は見もせずに
天の星だけを見つめていました
虚ろな瞳に突き放されて
捨てられ続けた想いだけが
小さく小さく歌っていました

積み上げられた
ぼろぼろの
風雨に剥げたオルゴールが
狼だけに宛てた歌を
いつまでも

いつまでも

歌い続けていました



inserted by FC2 system