水の底へ浸したように静かな静かな夜の町
さざめく水田に、弱弱しく目を開けたばかりの
稲の赤ん坊が震えているよ
空気を圧倒する蛙の歓声が、あまりにもあまりにも
がらがら、がらと
力強く歌うものだから。

しんと静かな夜のこと
機械仕掛けの歌声を子守唄に持て余しつつ
私は小さな小さな部屋に、ころりと情けなく転がっている
ぬるく暖かな春の空気は
震えることもなく
人肌よりは冷たく。

星を見ようと思ったのだ、
この小さな部屋に私が飲み込まれてしまう前に。
だけど、外へ開かれたひとつの窓は
霧で閉じ込めたように曇っていた。
さておかしいな、前はこの窓は、もっと透きとおっていたはずだ。
夜空の星をその囁きまで鮮やかに映し、
私自身も外から丸見えて。
見たくも無いようなものまでも、その産毛一本に至るまで、
私の目に押し入れてくれた、愛しき愛しき、残酷な窓。
その窓が、この優しい春に、包まれて駄目になってしまったのか。

星を見ようと思ったのだ、
静かな夜に、誰もいない小さな部屋が寂しくて、寂しくて。
ひ弱な手の平で硝子を拭うと、
一瞬だけ、眩く、外の世界が見えた。
優しくも残酷な、弱い私の心を時に散々に痛めつけた、
そのままの外の世界が見えた。

私の心は思わず後ずさり、
その震えを庇うかのように、窓は再び曇ってみせた。
暖かい春の空気が、日なたの水溜りのようで。
なんて優しい、小さな部屋よ、
もう外に怯えなくても良いのだと、私を抱いてあやすかのように。

窓の外で、シルエットだけの人影が、ゆらゆらと動いていた。
助けを求めて伸ばされた、私の寂しがりの指は、
霧のヴェールをかけた影となって、
明るく手を振って、硝子を反射して笑う、笑う。


静かな焦燥が心を舐めあげ。
暖かな日の下で、ぬるみ、淀み、朽ちていく、
川から切り離された水溜りに私は飛び込んでしまったのだ。

きり、きりと
磨くのだ、もう一度、私の心の小さな窓を。
安らかなこの曇った世界に、
鋭くも繊細な残酷を、もう一度叩き込まなければ。

きっと私はもう一度、
道端で突然出くわす、踏み潰された虫の死骸のようなものに、出会うだろう。
あの時の、自らの足元で朽ちた命に、
背中をひやりと触れられるような、あの寒い痛みを、もう一度。
心を病ませるあの痛みに。
そしてそれと同じように、私自身の、恐ろしく醜いどろどろも。
誰かに届いてしまうでしょう。
それでも私は、
私は、
もう一度、あの美しい星が見たくて。

一生懸命に、私は小さな窓にしがみついた。
手で拭っても拭っても、まだ頑なに曇ったままの、
優しく暖かな、私の窓に。




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