比喩は誰の為か?
誰に捧げる首飾りなのか?
言葉の枠を組み合わせ
砂金を探すのは誰の為か?

感情魚群の溶けた海に
漁師は潜る 幾度も探る
複雑で 斬新な 難解で 独特の
語彙を嬉々と掴み
舌に転がし緩急を選ぶ
調和を探り過剰を削り
腕輪を 指輪を 冠を
桜貝の耳飾を
創り上げては引き上げる

遠い港から人々は呼んだ
帰らぬ漁師の携えを
市場に歌が満ちるまで
財布を鳴らして乞い呼んだ

漁師はあそこだ
波の上だ
冷たい魚を両手にぶらさげ
凪いだ海面に立ち尽くしている





水銀から生まれた妖精は
完璧な輪郭と
完全な翅を持っていた
一切の色と汚れを逃れ
無音の羽ばたきを
人は今も海に見る
水面を破れず
青空を知らない
貴方の重い魂を
今も人は
海に見る





稚拙なんだよ
君の魂は





意味を逃れ
過去を忘れ
野原を散歩するとき
でたらめに口ずさむ鼻歌が
一番心地よいように
でたらめな花冠を作るような気持ちで
詩を歌う自由を
いつまで
ねえ、小さな君、
あなたの 葡萄にも似た指先が
夢中で選び摘み取っていく言葉の花々
鮮やかで無秩序な花冠が
世界中の博物館を探しても
宇宙中の図書館を探しても
何処にも見つからなかったとして
愛する為の理由を
讃える為の理由を
探さなければいけない なんて





今日は十一回くらい自殺をした
おかげですっきり気分爽快
行きの電車では跳ね飛ばされてしまったけれど
帰りの電車では見事に磨り潰してもらえたし
階段の天辺から仰向けに倒れてみるのも中々に痛快だった
それにしても駅というのは便利なところだね
え?
ピンピン生きてるじゃないかこの嘘つきめ、だって?
ごめんごめん、やっぱり分かっちゃうか
ほんとは七回しかやってなかったんだ
二桁ってなんだか格好良いから、見栄張っちゃったんだよ、ついね、そうそう
え?
なんだい、そんな目で人を見るなよ
せめて触って確かめてからにしてほしいな
ちゃんと止めてきたんだから





とある蟻の村には神話があった
死についての神話だった
彼らの頭上に浮かぶ、見えない死の足裏
蟻たちは、知覚できない恐怖と不安に支配されながら生きていた
しかし全ては杞憂
空は落ちることはない
一瞬しか要さないのだから
気まぐれな指先にすりつぶされ
頭がぽろりと落ちるまで





人は目覚めて生まれる
すぐに眠りに落ちる
浅きまどろみ
一生に一度か二度
叩き起こされ
愕然と目を瞬き
覆う祈る嘆いて眠る

眠れ 眠れ
さぁ
柔らかく
生き延びるために
長き冬眠の中で
夢を悪夢を正夢を
幸福なる耐えざる夢を

次に目覚めるは死後の後
それでは
またいつか
おやすみなさい





愛さない
失わない
怖くない
愛せない
失えない
壊せない

もう何も壊さずに済むのなら
それを本当に願うのなら





声を無くした女がいた
彼女は森深く分け入り
誰にも知られず子を産んだ
誰にも会わずそこで暮らした
家も食べ物も全てがあった
社会と人と言葉はなかった

女は文字を知らなかった
仕草と目の動き、口笛と物音で息子を呼んだ
慈しみ慈しみ
二人きりで時を過ごした

生まれた少年は
言葉の存在を知らない
生まれた少年は
瞳に神を孕むのかどうか
震える鼓動の底で
名付けられる前の
古い神に出会うのかどうか

彼の名前は、





優しい優しいオウムガイ
カナリアのような鳥篭の中で
いつまでも一緒にいてくれる
娘はキャラメルのように微笑んだ
彼はずっと黙っていて
時々娘と同じ言葉で相槌を打った
互いが互いを見下していたのに
互いが互いを心から
本当の本当に心から
愛していたそうで

めでたし、めでたし、



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