黒と灰色の一面に、
てんてんと、濁る色彩。
例えば時計の秒針が微かに微かに震えるよりも早く、
溶けていく世界があるとしたら。


人は歩いた、
一歩後ろの世界が溶けた。
人は歩いた、
一歩前の世界が現れた。


表面張力でゆらゆらと、
歩く、歩く、
次には消える刹那の世界。
立ち止まろうと、しても、
きらきら、きらきら、
あまりに街は明るく、
歩く人は、みんなみんな、
世界のことなんか忘れている。


ほら、今、
あの摩天楼の裏で、つむじ風が踊ったよ。
ほら、ねえ、今さ、
墨を流した真っ黒なだけの空の底で、
新しい星が生まれたよ、
ねえ、ねえ、見えないのかい。
こんなこと、どうでもいいのかい。
ひゅおうひゅおうと吹き荒ぶ、
背筋を撫でる街の息吹きも、
耳の中で明るく歌う、
見知らぬ誰かの声の底。


人は歩いた、沢山の沢山の人が歩いていた。
その小さな若木にも満たない身体の奥に、
沢山の物語を刻んできたはずの人々が、
みんな同じ顔をしていた。
流れていく、流れていくよ、
まるでただの木の葉のように。
今ふと誰かが掻き消えたって、
みんなきっと、気がつかないよ。


街が静かに口を開いた、
さあもうすぐ川が終わるよ。
滝壺に呑み込まれるのを、
今か今かと、待っているよ。


足を踏み出した人の後ろで、
また一つ、世界が消えた。



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