拝啓――



その手は開いて

時に握りしめて

強く震えて

それでも開いて

細い腕に

細い脚に

日に焼けた夏の影と

旅のハミングを

風を切って

時に倒れて

クローバーの海に浮かんで

北風の泣き声にも

耳を塞がないで


頼りないおなかで

歌声を張り上げるように

鼓動は

夢と現実に

休むことなく

痛みと愛しさを

拒まぬように


曇る眼鏡は

洗うのを忘れずに

乾いた瞳は

雨を忘れずに


硬い頬

心の水面に

蓋をすることなく

そしてどうか

唇に物語を

誰かの名を

物語を。

 

小さな手のひらに

人の手を

弱い足裏で

大地に強く

道に迷い

立ち止まり

うずくまり

眠りに沈んでも

やがてくる朝の風

目覚めの

言葉を





言の葉の

揺れる水面

底に沈めたビー玉を

ひび割れたガラス玉を

忘れないで

置き去りの

あの日の木漏れ日を

織り込んだ

小さなものを



汚れた手

嘘だらけの

花束を抱いても

霧に覆われた

揺れる瞳も


弱い足の裏で

クローバーの空

佇んで


あの朝日に





「おはよう」



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