ある日、一人の娘の左胸から、冬虫夏草が生えてきた。
 最初は小さな小さな、風にも飛んでしまうような茸で、娘はぞっとしながらそれを引き抜いた。1日経つとすぐにまた生えた。引き抜く。すぐにまた生える。何日か経って、娘が眠っている間に、茸は彼女の寝間着を破るほどに大きくなった。もう引き抜くことも隠すことも出来ない。娘は咽び泣き、彼女の家族や友人も泣いた。もしくは、影で散々に化け物呼ばわりするか、吐いた。
 茸はぐんぐんと成長を続け、娘は身体を起こすことも出来ず、寝たきりになった。心臓が鼓動を打つ度にこれは成長していく。友人も、家族も、彼女から後退った。彼女は水も食べ物も口にせず、また、それを望まなかった。目を開けてぼんやりしているか、そうでなければ眠っていた。その間にも茸は育った。
 やがて茸はその傘を大きく広げ、まるで娘は、芝生に寝転がり、日傘をさしかけてもらっているような案配になってきた。娘は少しずつ言葉を忘れ、その代わり、いつからか、そっと茸に触れてみるようになっていた。すっかり衰弱した細い指で、傘を撫で、擦り、触れる。いつしか娘は微笑んでいた、貼りついた、永遠の微笑みで、自分の胸から生えた傘を撫で続ける。
 優しくその背を叩き、ハミングし、抱きしめ、そんな娘をもはや誰も見ていない。友人は去り、家族は逃げ、彼女は一人残された。
 恍惚と誇りと幸福を笑顔に浮かべ、娘は、


 突然の激痛に娘は絶叫する。
 全身防護服に身を包んだ大人たちが何人も、何人も、茸に手を掛け、渾身の力で引っ張っているのだ。言葉を忘れた娘はただ絶叫するしか無かった。
 それでも本来ならば。引き離すのは不可能だった。しかし、一年の時を経た巨大な茸は、自らの身体を支えきれず、根が腐り始めていた。何度もぐらぐらぐらと揺れたあと、あっさりと、ずぼりと音を経て、茸は引き抜かれた。心臓を奪われたそれは瞬く間に黒く変色し、萎びて、ぼろぼろに崩れた。
 娘が絶叫している、強引に帰ってきた言葉で喉を震わせ絶叫している。血の一滴も流れない娘の胸には巨大な穴が空き、黒い闇を覗かせていた。


その哀しみと怒りの声は誰の耳にも届かず、
ぶつりと声が途絶え、身体を痙攣させ、娘は倒れた。
そしてもちろん、死んだ。


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