背中に太陽を感じながら
眠い目を擦る、路地裏を歩く。
沈殿した夜が、足元にひたひた打ち寄せる、
雨上がりの夜上がり。
足跡から、匂いの湯気が立ち昇り、わらべうたって溶けていく。

(――暗いくらくら夜の黒、とっくのとっくに逃げてった、
 匂いを残して逃げてった……)

背中を屈めた、巻き髪のおばあさんばかりが、
毎朝、毎朝、アスファルトを磨いた。
ホースで、がりがりと、夜の垢を、洗い流した。

(ああ、あの、おばあさん、あのね、さっき、あの街路樹の根元に、
 仕事上がりのお兄さんが、吐いちゃったみたい、ですよ。
 なにを?
 すみません、私、スーツの背中しか、見てなくて……)

立ち止まる。しかなかった。
目の前には、黒い夜の川。
轟々と、無秩序に、意味も無く、全て押し流し、

(私はこの詩が大好きなんです
 そう笑って、大学の授業、清潔なAB01大教室で、マイク使って、
 優しい初老の某先生は
 詩と呼んだものを 演説した
 演説した。スピーチした。音読した。四分音符と四分休符で、
 メトロノームのように。
 詩と呼ばれたものから、一瞬で、音と匂いが蒸発し、
 干からびた言葉だけ、残った。)


ただ、轟々と。
排水溝へ流れていく、あれが詩だよ。
これが、うただよ。
風の流れと、私の呼吸、低い太陽の温もり、ビルの影。
ほらほら、カラスが鳴いてるよ。わらべうたって鳴いてるよ。
音、と、音 と、と、
言葉だけでは、駄目だのに、
夜の匂いを救えないのに。

ね。


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