Cristmas Fantasy

 
 <優しい優しい贈り物のおはなし。>
 
『メリークリスマス。
あなたをずっと見ていたよ。
そう言っておじいさんは微笑んで、
日陰でうなだれていたタンポポに 暖かい光をかけました。
 
メリークリスマス。
あなたをずっと見ていたよ。
そう言っておじいさんは微笑んで、
冬を迎えたツバメの子に ふわふわのベッドをあげました。
 
メリークリスマス。
あなたをずっと見ていたよ。
そう言っておじいさんは微笑んで、
寒い寒いと泣いてる子猫を その手でぎゅっと抱きしめました。
 
メリークリスマス。
あなたをずっと見ていたよ。
そう言っておじいさんは微笑んで、
疲れ果ててしまった狼に そっと手招きしてみせました。
 
メリークリスマス。
あなたをずっと見ていたよ。
そう言っておじいさんは微笑んで、
ガラスの壁の向こうの蝶に 大きな右手を差し出しました。
 
メリークリスマス。
あなたをずっと見ていたよ。
そう言っておじいさんは微笑んで、
金箔の剥がれた王子様に 大きなつばさをあげました。
 

ねぇ、おじいさん、
おじいさんはプレゼントをあげてばかりで寂しくないの?

小さな子供が尋ねても、おじいさんは幸せそうに首を振るばかり。
ひらりひらひら。魔法のように、雪の花が咲いています。



メリークリスマス。
あなたのことを見ていたよ。さあ、涙をお拭きなさい。
そう言っておじいさんは微笑むと、
血だらけの傷ついた心に 絹のハンケチを渡してあげました。
 
メリークリスマス。
あなたのことを見ていたよ。さあ、もう帰っておいでなさい。
そう言っておじいさんは微笑むと、
足を擦りむいた迷子の羊を 両手を広げて抱きしめました。


メリークリスマス。
あなたのことを    
         ――ぽたん。

「……嘘つき。」


見ていたよ。さあ
  ぽつん      ――ぽとん
      ぽたん。                        ぽつぽつ

                    ぱたたっ。  

          ぽた
 メリークリスマス。
あなたのことを 
ぽつん。                   
ぽつ。    
 

「嘘つき。」


ぽたんぽたん
ぽつん

    ぽたん。


「そんなの、ただの偽善だわ。」


メリークリス―――』

  ―――がたんっ。


 
羽ペンが 動くのを止めました。
インクが引いた点と線とが
しずくが落ちては にじんで消えました。


片羽の折れた天使がそこにいました。
つばさを垂らしたまま、泣いていました。
彼女の祈りだったコトバが、涙に消えていきました。

空は光り輝いていました。
沢山の天使がそこを飛んでいました。

片羽の天使はひとりぼっちでした。
飛びたくったって 飛べませんでした。

ずっとずっと泣いていました。
天使はひとりぼっちでした。
天使は自分の不幸で精いっぱいでした。

天使はひとりぼっちでした。
光の空に何があるのか、
つばさのある天使たちは何を思って飛んでいるのか、
考えたこともありませんでした。
ただ、きっとそこにさえ行けば、
 
「メリークリスマス。」

幸せがあるということだけを、ひたすらに信じていました。
 
 
「君のこと、ずっと見ていたよ。」


天使はとてもとても驚いて振り返ります。
そこには、つばさの無い天使が立っていました。
天使がひとりぼっちで立っていたはずの地面に、
ずっとずっと昔からそこにいたかのように、立っていました。

同じ場所に立っているはずなのに、そのつばさの無い天使は、光のように笑っていました。

「君のおはなしは、とてもキレイだね。
 でも、きっと、そんな優しいサンタクロースは、この空の何処にもいやしないよ。
 君がここで待ってたって、つばさを贈ってはくれないよ。」

じくじく痛い片方のつばさを庇いながら、天使はじっと目の前の笑顔を見ました。
それでも彼はつばさも無いのに笑っています。飛べないのに、笑っています。
天使はそれがとてもとても、本当にとても、不思議でした。

「――知っているわ、そんなこと。」

信じていたいだけだもの。

笑いながら泣きながら、片羽の天使は答えます。
つばさのない天使は、それを聞いてまた笑いました。

「でも、それなら、君がなればいい。」


光の空が、見えました。


片羽の天使が手を伸ばすと、そこにはガラスがありました。
魔法のように雪野原のように、きらきらきらと光っていました。
叩いてみると、コツンコツンと音がします。見ていなかっただけで、ずっと前からあったようでした。
途方にくれて顔を上げると、ガラスの向こうで、また笑顔が見えました。

「おいでよ、こっちに。」

夢の中のように、手のひらが差し出されました。
天使は必死で壁を叩いて外に出ようとしましたが、手の甲が痛くなるばかりです。
涙をぽたぽたと落として座り込むと、またあの声が言いました。

「ねえ、君は、自分はひとりぼっちだと思っているね。
 誰も、自分のこと分かってくれないって。
 そりゃそうさ、こんな壁の向こうにいるんだもの。
 僕たちだって、君に触りたくても触れない。」

だってこの壁壊れないの、と泣きながら訴えると、天使はまた微笑みました。

「君は引き出しを死に物狂いで押しているんだもの。
 白雪姫は、殴ったって起きないでしょう。王子様を、呼んでこなくっちゃ。」

天使はてくてくと歩いてくると、その壁をそっと撫でました。
ガラスの壁ごしに、片羽の天使のおでこに、こつんとおでこをぶつけます。

「飛べなくたって 良いじゃない。星は確かに遠いけど、僕らには花が笑ってくれる。
 飛べないのは怖いよ。僕も怖いよ。当たり前でしょう。
 でも、ねえ、どうかそんなに怖がり過ぎないで?」

くすくすと、まるでいたずらを思いついた子供のように楽しげに。
彼は、おとぎばなしの呪文を紡ぎます。

「君が望むなら、君は簡単に空を飛べるよ。」

顔を上げた天使は、驚きました。何故って、

「君は眠り姫で王子様。白鳥の王子様と茨姫。
 サンタクロースとベッドに靴下を下げ忘れちゃった女の子。
 みんなみんな、それぞれ王子様とお姫様。」

そのつばさの無い天使は、自分と同じ顔をしてたから。

「言ったじゃないか。君が、なればいいって。」


牙を向けても退いてくれないのなら、逆に抱きしめてみてごらん。
さあ、魔法の口付けを?

 

「君のサンタクロースは君なんだから――」


 ――もう、許してあげて。
 
雪の舞う空が、きらきらの歌を歌っています。
遠いどこかで鈴の音を聞いた気がして、でもそれは思い出の中の音。
今までずっと忘れていただけで、ずっと壊せなかった大嫌いだった冷たい壁に、
ガラスの内側と外側とで、二人の天使が唇を合わせます。
ぱりんという音もたてずに、ガラスは雪になって空へと舞い上がっていきました。



 




<消えてゆく雪が見た世界のおはなし。>

「君は、この壁の向こうのあの空が、どんな場所かちゃんと知っている?
 あの空を飛んでいる子たちが、何を夢見て何を願って何を愛しているか、ちゃんと知っている?」

「君はおとぎばなしの主人公じゃあないよ。でも君は主人公の一人。この世界がおとぎばなし。
 君も僕もつばさのある子も無い子も花も星も蝶々も、みんなみんな脇役で主人公。」

「そしてみんなお姫様を助ける王子様。王子様を待ってるお姫様。」

「さあ、贈り物を届けに行こうか。
 この世界に、サンタクロースが贈り物を届けない子供なんていないんだから。
 悪い子なんて、誰一人としていないもの。」

「君の心には君の心を。」

「君の世界にいる人には、その人を歪めず真っ直ぐに見つめる眼差しを。」

「そして願わくば君の大切な人には、君の心からの笑顔を。」


「Merry Christmas for you.」


Fin
 


2007年 文藝部誌「游」 クリスマススペシャル号掲載
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