生暖かい水溜まりの底で、
息が出来ないと
温度差の対流にのろりのろりと渦を巻く、ような
掬えない思考に溺れていたとき

ふと、顔を上げたら
黒い窓
夜を貼りつけた窓の中に
顔の固まった醜い人間が、ひとり
溺れながら、私は
水たまりの中で溺れながら私は


沸き上がる吐き気は
息が出来ないからですか


息が出来なくて私は今にも気が狂いそうよ
なのに、
何故貴方は淡々と其処にいる

脱け殻のように
光を失った濁りの瞳
その奥で、見えない私が溺れて
沈んで
消えて、
消えていく



消えてみたら、
消えたのは私ではなく
ただ世界に過ぎなかった




淡々、淡々と動く誰かの身体
音もなく過ぎる世界情景、人人人世界世界世界
私はここに沈んだまま
切り離された私が、
世界の中を歩いていく、生きていく

ああ


貴方はだれ。







閉ざされて切り落とされた空
何もない
何もない世界に一人きり沈んでいく
水面の彼方に揺らぐ世界

役立たずの望遠鏡は
ぐらり歪んで
ぐるり捻れて
虚像の世界を映しながら
時を壊して食べつくした


私が何処にもいない
世界が何処にもいない

壊れた望遠鏡の向こう
鏡に映るあの人間は誰

歪んだ望遠鏡の向こう
滑り落ちていくあの空間は何



ああそもそも始まりの時、から

この世界に

世界なんて存在していたのか



望遠鏡は映し続ける
沈んだ水たまりの底
遡る宇宙の始まりは永遠の無
なにもない、
空間さえも、ない場所に
世界は勝手に生まれたのか

そして今も、
淡々と、平然と、
在り続けているというのか


そんな、
そんな、
なんて、
気味の、悪い


必死に伸ばした指先から
伝わる世界の小さな感覚
空の宇宙を映す望遠鏡に飲み込まれた私に
幻覚だと、笑っているような気がした


ねえ、其処に映る貴方は誰
無表情に私を見つめている貴方は、
貴方がいるその世界は、




水面の向こうが揺らいで、揺らいで
始まりから何もなかったかのように
全てが
全てが
消えていくの



消えてしまったのは

私、


その人間は最後に、囁いた







「私はまだ此処にいますか」



「世界はまだ、此処にいますか」






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