暖かな春の日

夕飯時

巻き戻された時間が、電波の車に乗ってきて

ここんここんごごごごごん

何度も何度も

ブラウン管を叩く叩く

ノックの音

こんばんはこんばんはこんばんは。


最初にテレビをつけたのは誰なのかと

誰も言い出せないまま

家族はみんなでご飯を食べる

一言も会話を交わさずに

時々ひとり呻いてみる

ため息をつきながら

それでもご飯は残さず食べる



巻き戻された時間の中で

海はもう百回くらい街の中で渦になった

掃き寄せられた車の群れ、車の群れ、

あの一つ一つの小さな箱の中に人がいた

巻き戻された時間の中で

高台から街を見下ろした人が百回も叫んだ、声を枯らして、

そしてその度に三万人、の 誰かは、

百回も海に呑まれていく

黒い苦い海の味が

百回も千回も

喉の中を埋め尽くして いる



食卓の傍のテレビの中で

誰かが死んだ瞬間

私たちはご飯を食べている

溜息や呻き声、酷い酷いなぁ、酷すぎる、なんて言いながら

1メートル離れた箱の中で三万人が死ぬのを見ながら

私たちはご飯を食べて生きている



三万人、三万人、

呪文のように呟く言葉の裏に、

三万の顔がある、表情がある、

ところで、数年前、よその島国を襲った大津波を覚えていますか、

あの時は二十万人のひとが死んで

数年前の私もやっぱり、ご飯を食べながら、

膨れる海の飛沫を

海だけを

見ていた




ああ、緊急地震速報だ

書く手を止めてじっと耳を澄ませる

遠く遠くで、酷い地響きが揺れているはずなのに

家の中の足音しか


聞こえなかったんだよ







(2011.04.14執筆)

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