Dream World Dream ― 夢の世界の夢 ―

                                    キミ
世界は、とても儚いものだった。

     
Girl
【 Side→G 】

どうして?
どうして?
―――どうして?
    
うんめい
よくある物語の展開
幾度も幾度も繰り返される、
答えのない問いかけ
涙を流す心の余裕も無くし、
立ち尽くしている少女が一人。
彼女の空色の長い髪
暮れゆく橙の空に映え
その髪を梳いて、
「綺麗だね」と 微笑んでいた少年は、

「どうして?」

立ち尽くす少女の前
供えられた白い花束
海を背にした一つの墓標
夕日が海に沈むころ、
力の入らなくなった足が折れ、
少女は地面へと座り込んだ。
目を見開いたまま墓標を見つめ、
少女は口を開く


Boy
 
【 Side→B 】

ごめんね
ごめんね
―――ごめんね
ひげき              
よくある物語の展開
幾度も幾度も繰り返される、
届くはずの無い謝罪
少女を抱きしめる腕も無くし、
立ち尽くしている少年が一人。
彼の栗色の柔らかな髪
暮れゆく橙の空に溶け
その髪に頬を寄せて、
「暖かいね」と 笑っていた少女は、

「ごめんね」

続けられる彼の謝罪
その声もその表情も
少女に届くことは無い
一番星が灯るころ、
泣き崩れた少女を見つめられず、
少年は悲しげに目を伏せた。
慟哭する少女の瞳を見返せない彼に、
耳を塞ぐ腕は無く

繰り返される問いかけは

「……どうして?」

少年の笑顔ははるか彼方に。               少女の笑顔ははるか彼方に。

只、そこに存在するだけの少年の言葉は  決して少女に届くことは無く
只、繰り返されるだけの少女の問いかけは  決して答えを得られるはずは無く
       
 ひととき
「ねえ、愛しい人……。私達の幸せは、一時の夢に過ぎなかったの?」

夕日を映して光る涙が、少年の足元に落ちて散った。



泣き崩れる少女 謝罪を続ける少年
       
  ものがたり
ありきたりな 展開
                          
 げんじつ
二人にとっては 世界が終わったにも等しい展開

海に落ちた雛菊の花
白い花びら ひらひら落ちて
少女の涙も ひらひら落ちて
満月の元 花と涙とが枯れるまで……。


太陽が蒼を巡ること十度
月が藍を渡ること十度

少女の夢の中 少年が現れたのは
少年の想いが 少女に届いたのは

それを三度繰り返した夜のこと


伸ばしても伸ばしても届く事は無い絶望的な現実
幾度伸ばしても空を切る腕に
幾度伸ばそうとしても存在しない腕に
涙さえも枯れ果てていた二人
それは夢なのか現実なのか
それとも一瞬の幻なのか

目の前に現れた愛しい存在
最後の希望にすがりつき 今一度 愛しい者へと手を伸ばす
指先に感じた温もりに目を見開いて
離さないように握り締めて
生者     死者
少女と少年は再会する……

「これが夢だなんて誰が言えるの?
 私は信じない この温もりが夢だなんて
 私は信じる
 貴方が私を見つめていること……」
.    .....枯れたはずの涙で
           その頬を濡らして…
    ......消えたはずの腕で
           少女を抱きしめて…
「これが夢だなんて誰が言える?
 僕は信じない この温もりが夢だなんて
 僕は信じる
 君が僕を見つめていることを……」








      
 Dream
【 Side→ D 】

泣きながら少年を抱きしめる少女  涙を堪えて少女を抱きしめる少年
                
あたたか
現実と呼ぶにはあまりにも夢想的で     《それは奇跡であると同時に》
                
ざんこく
夢想と呼ぶにはあまりにも現実的で……   《二度目の別離を約束された邂逅》


只一つ分かっているのは
少女は生きていて 少年は生きていないということ……


「貴方はこんなにも暖かいのに、…左胸からは何の音も聞こえないの。
 ……ねえ、どうして死んでしまったの?」

「ごめんね…本当に……。
 僕も、君の側にいたかった……」

腕の中、泣き腫らした目の愛しい少女を抱きしめて、
謝罪と共に少年は告げる 愛しい者の為に……

「…君は幸せになって
 君は生きているんだ  僕の為に不幸にならないで…。
 君は幸せになって……僕を忘れて…笑顔で生きていて欲しい…」

優しい笑顔でささやく少年
その本当の心を知るのは 優しさゆえの一粒の涙
少年の瞳から零れた想いを見つめて  少女は言葉を失った


「…僕を忘れて」
「君は幸せになって」
「君の笑顔が見たいから……」
「僕のせいで君が泣くのは」
「もうこれ以上 見たくないんだ…」
“僕を忘れないで”
“幸せになっても どうか僕を忘れないで”
“君の笑顔を愛している……”

“君が泣くのは見たくない”
だけどどうか 僕のことを忘れないで…”


『 彼女の未来へと向ける目を 奪ってしまったのが自分なら
彼女の未来へと向かう足を 阻んでしまっているのが自分なら
僕のことなど忘れて欲しい
君の笑顔が見られるならば 僕は何も欲しくない
ああ だけど いつしか彼女が笑顔で 見知らぬ誰かと一つになる時
僕は笑顔でいられるだろうか…… 』



                        
    彼女への想い
たとえ彼女が望んでも 彼には許されない 独占欲
    
 未 来
少女の幸せを願う為に 必要なのは代償という名の彼の幸せ
    
未来                
一厘の花が日を浴びる為に 一厘の花は枯れ果てていく…
両者の願う形とは 全く別の形でしか訪れ得ない未来
少女の未来を望むとき 少年の想いは打ち砕かれ
少年の幸せを望むとき 少女の未来は打ち砕かれる…。
それを不条理と呼ばずして 何を『運命の悪戯』と呼ぶのだろう……

「…貴方と過ごした“幸せな時”は 一時の夢に過ぎなかったと……」
 未来を見つめる為に 私にそう思わせたいなら」

少年の腕の中 温もりを感じながら
葛藤の血       救い
一滴の涙を指ですくい 少女は告げる
その瞳が見つめるのは――

「そんな未来は いらないわ―――」


命は終わる
どんなに傷つき どんなに癒され
幸せに抱かれ 不幸に突き落とされ
どんな時を刻もうとも

全ていずれは平等に

まるで只の夢のように 醒めてしまえば全ては幻
命は終わる
まるで一時の夢のように いずれは全てを奪われて……




醒めていく夢 消えていく世界  奇跡の終わりを告げる鳥のさえずり
握っていた手は夢のように 少しずつ少しずつ透き通り
夢の終わりを悟った二人は 最期に互いを見つめあう…
引き離される刹那、

「…身勝手な願いだと笑ってくれて良い
 幸せになって だけど心の片隅では…僕のことを忘れないで…」
                           
未来
「忘れられるはずがないわ それが私の望む幸せだもの…
 この思いを信じて 貴方も私を忘れないで……」


「ずっと貴方を 愛してるから…」


滲んで消えていく愛しい恋人
手の温もりが掻き消えて 夢の世界は終わりを告げた…。









     
 M o r n i n g
【 Side→    M   】

一人きりで迎えた朝
夢の醒めた現実の世界
そこに 未来は待っているのだろうか
残っている温もりの余韻を確かめるように手を握りしめ
少女の瞳は 未来へと向けられる…
            
 命
いずれは終わるこの道は
ほんの一時の夢にしか過ぎない
終わってしまえば全ては終わり 全ては白に戻り 全ては無に帰り
永遠の眠りである死を 生という夢からの目醒めと例えるのなら

     
現実
「そんな真実を 私は望まない
   
い つ か は 終 わ る 命 な ら
 いつか醒める幻夢なら          

 最後まで 夢を真実と信じたまま 私は夢を生きていく……」


いずれ醒める夢なのだとしても
せめてその中で生きている間は 生きている間しか合間見られないその夢を
愛する貴方と出会い過ごした 長い長いその夢を
私は現実と信じましょう
私はここに生きていると 愛する貴方に伝わるように

せめて夢に抱かれている間は
夢に抱かれている幸せな時は
それを有限と信じて泣くよりも それを幸福と信じて笑い続けるの
いつか夢が醒めた時 良い夢だったと笑えるように…


崖の下 海に投げ入れられた白い花束
夢の先に宛てられた 夢見る少女のメッセージ

私は今を生きている
貴方との時間を 一時の夢だったとは信じずに
幸せな時間だったと信じて
貴方がまた泣いてしまわないように
大丈夫よ 愛しい人
私は笑顔で  夢が醒めるまで 歩いていくから……

彼女は振り返らない 両腕に過去の幻想を抱きしめたまま
共に未来へと歩んでいく…










      
 現 在
【 Side→Present 】

有限は 一時の夢にしかなりえないのでしょうか?


……冷たく汚れて 涙を流した少女と
少女の胸の中で微笑んだ 愛される少年と
優しく暖かく 儚いこの世界が
切ない ただ一時の夢だと言うのならば……
      
真  実
<いずれ来てしまう終わり>に絶望し
光を捨てて
闇の中で立ち尽くすよりは
時を刻む この鼓動が止まるその時まで
                    
 刹那
笑いながら夢の中 抱きしめて――幻のこの世界を
  true
『真実』とただ信じて 微笑みながら
夢の醒めるその時まで……

どちらが幸せなの?誰も知らない
“有限という現実を”<いずれ来る終焉を>
               
大人
真実と認めた 笑わない賢者と
“一時の優暖な夢を”<生きていく未来を>
               
少  女
真実と信じた 笑い歌う愚か者と…

左胸は刻んでいく
夢の醒めるその時まで
愛しい世界の夢の中へと沈みながら
少女は 凛と儚く 微笑んだ……

「たとえいつか醒めてしまう 一時の夢なのだとしても
 終わるその時まで 私は信じる
                 
命の旅路
 この世界が私に見せた 暖かな光のことを
 私は生きるわ      
     貴方との思い出
 この世界が私に見せた  暖かな奇跡 を抱きしめたまま
     
ゆめ
 …同じ時を生きるのならば
 涙よりも 微笑みを宿して……」 

暖かで儚く
冷ややかで鋭く
廻ってゆくこの世界
実像         虚像
現実なのか 夢なのか

知っているのは―――

…………。

夢は終わりを告げ そして貴方は 目を覚ます。

強さ
儚さを表す純白の花束
夢の中を力強く生きていく 全ての命に贈りましょう
            
世界
貴方達が生きていく夢が

暖かく幸せなものでありますように………

いずれ醒める夢なのだとしても
目醒めた時に 後悔が残らないように
夢の中で 力強く生きていけるように

投げ入れられた白い花束
少女のメッセージ
そのメッセージを読み解くのは誰なのか――

――貴方はもう知っているでしょう?

FIN






2007年 文藝部誌「游」 バレンタインスペシャル号掲載

inserted by FC2 system