言ノ葉欠片・星ノ夢人



綴られた物語の
間と間に埋もれた、微かな言霊の震えを 

拾い上げて
星に翳し
今宵この唄を 貴方に贈ろう

……こんばんは、またお逢いしましたね
今宵は共にひととき
星を、ご覧にはなりませんか

黒い 暗い
光を喰らう深淵の闇の中
針の穴のように、ぽつり、ぽつり、と
闇を払い ささやかな抵抗をしている星々の歌を

……貴方は見えていますか?
ほら
今、あの暗闇を貫いて生まれた新しい声、が
…ほら
今、一際強く輝いて死んでいった置き去りの声、が

………貴方は覚えていますか?

――そう ……そう、ですか
………羨ましいことです
もし宜しければ、教えて頂けないでしょうか


(僕ニハ決シテ知覚スルコトノ出来ナイ、)
貴方の見ている、世界を。




其処で彼は唄っている
硝子の瞳で星を追う
彼は、
帰り道を亡くした一人の吟遊詩人

其処は忘れられた場所
蒼い闇に星が宿る
“永遠の極夜の丘”

大きく歪んだ月を見上げて
奏で続ける途絶え無き声
そんな独りきりの舞台に
時折迷い込むお客様


目覚めれば霞のように

彼のことは忘れてしまうのだけど


世界の全てを識り
 世界の全てを忘れ

まるで迷い子のように笑う
彼は、独りの吟遊詩人


全てを識り全てを知らぬが故に
彼は紡ぐ、月を堕とす唄を
星が一番輝くのは
月明かりの無い夜なのだから、と
 

≪……彼が歌うのは世界の狭間に取り残された言ノ葉の欠片。≫

 

≪死神の贈り物≫
この一年が私にとって                        ≪楽園が崩れる時≫
最後の一年だったとしたら                      ああ、願ったのは幸せのはずなのに
                                       どうして貴方を不幸にしてしまうんだろう
この一週間が私にとって           
最後の一週間だったとしたら                     運命は残酷だなんて知りたくなかった
                                       神様は冷徹だなんて知りたくなかった 
この一日が私にとって                          涙で全てが帰るのならば
最後の一日だったとしたら                       幾らだろうと捧げるのに

世界の全てはきっと
どんなに輝いて見えるのだろう                                  ≪強迫観念≫
                                                   哀しいと叫んでも
気付くのはいつも 最後の最期                                 どうにもならない
なんて皮肉な神の悪戯            ≪……≫                 寂しいと叫びたくても
それとも唯の落とし穴             こっちの気も知らないで。         叫んではいけない
続くは奈落か楽園か                                          甘えるな、と
                                                  私が私を睨みつける
大嫌いだと見下ろした                                        望む思いなど
昨日も今日も 私 自身、も                                  棄ててしまえたら

「お迎えに上がりました」
                                     ≪自己喪失症候群≫
全ては                                  教科書と世間とレールが望むまま
唐突過ぎる                                 気付いた時には遅すぎて
                                          私は誰だと
                       ≪最高の≫              問いかける
                         否定しないで              答えは星の向こう側
≪瞬き以下の≫               押し込めないで              まだ逃げ出せるだろうか 
この世界に比べれば            演じないで 消さないで
私達はまるで淡雪のよう          そのままの貴方を贈って          ……気が付いたのなら
ねえ神さま、滑稽でしょう?                               まだ逃げ出せる
人の目が知るのは                                     間に合う、きっと 
この星空に比べれば                                どうかこの手を、信じて
針の先ほども無いというのに
真理を悟ったつもりになって
慈愛の微笑みを歌うだなんて

 ≪黒に抱かれていなければ、白を刻めない星の我侭≫
 


≪万物流転≫


昔、彼女は蒼に住む鳥だった              
大勢の仲間たちと共に                 
それは楽しげに唄っていた             
風は気紛れな歌い友達                
異国の唄さえも聞かせてもらった                …時にはささやかな喧嘩も                
傷付けられては羽を散らし
涙を零した遠い記憶             
                           
いつのまにかわたしは羽を手放し
いつのまにかわたしは進むことを拒否し        
座り込みうずくまり目を閉じる              
誰も来ないで誰も触らないでわたし は
“それは唯の”                
羽を散らしたくないの―――              
“もう失っているのに?”                   
                             
わたしは
木に変わった                  
もう動くことは出来ない              
季節に合わせて顔を変えながら            
ただ 見送る                    
蒼とかつての仲間を
                     
話しかけてくれる鳥もいたけれど             
あなたたちは渡り鳥                      
留まることは出来ない
ほら、仲間が呼んでいるよ       
                      
わたしはいけない
わたしはここで                 
                        
どうか幸せに                       
                            
さようなら。                        
知らないままなら良かったのにね。


 ……理に逆らうことは容易ではない
それすらも彼女は知り得る間無く
穏やかに時間を掛けて
歯車は狂っていく

苦しかった                       
けれど               

それでも                   
 輝いていた光は    


未来の拒否              

代償は大きすぎて     

時よ止まれ                    

願ってしまったのは          


 永遠を望み                  
 魔法をかけたのは   



  戻れるのならと願うことは赦されない

愚かなわたしはここで                  

貴方を待ち続ける     

 
≪翠色の思い出に囚われた小鳥のおはなし≫
 


『人は死んだら星になる』
誰かが言い出した伝え語り             
――ここに還って来られないのは悲しいけれど
――みんなの願いを叶えてあげられる光になれるんなら、それでも良いや
…そう言って笑う少年は、まだその意味を知らないの

…神さま、この天上に映る 数多の星の輝きたちは
其処で幸せにしていますか
空の星になった魂は 其処で幸せにしていますか            
                                  
此処から見たら綺麗だけれど                     
暗黒ニ囚ワレタ魂ハ ……其処で幸せにしていますか?          
                                
独りぼっちで廻っているの? 微かに聞こえる声を待っているの?       
でもね神さま、僕の街では、もうみんなの光が見エナイ……。       
                                   
神父さまも答えてくれない                    
ねえ神さまそれならば 僕らの星は幸せですか                 
この僕らの星もきっと誰かの魂で 誰かの声を聞いているのでしょう?     
                                
…ねえ神さま答えてよ この星を作ったのは貴方なの?                
それとも貴方がこの星で生まれたの?            
命を作ったのは、この星を苦しめているのは貴方なの?              
                                               ≪泣き濡れた惑星の唄≫
ねえ神さま答えてよ 僕らの星は幸せですか                 
……暗黒の闇の中で廻リ続けて                       
小さな鳥は飼ってるし、お父さんも沢山の兄弟もいるけど、           
それは僕らの後付けで 赤の他人かも知れないでしょう?         

ねえ神さま答えてよ この誰かの魂は
星になって、幸せですか           
その身が毒に蝕まれていようとも この誰かは幸せですか             
生み出された僕らの手に その蒼を汚され続けていても
この誰かは泣くことも出来ないのに

ねえ神さま答えてよ
僕らはいつか死んだとき
星の箱舟に何を乗せるの?


≪詰問又は責任逃れ、神さまの泣く声がする≫
 


≪赤に沈んだ緋を刻んだ赦を呪った赫を望んだアカを――≫

≪幸せへの最短距離?≫
死は一瞬の苦しみ
生の苦しみの長さに比べてしまえば                              ≪仮面の裏で≫
とても楽で素敵な逃げ道を見つけたのよ                    心身的障害又ノ名ヲ心的絶叫
私、弱くて臆病だけど これなら出来そうな気がするの                     唐突、心臓駆痛
                                             叫ブハ臓器又ハ魂判断不能
召喚の儀式                                              唐突、呼吸困難
私の手は短すぎる                             伴ウハ吐キ気及ビ嫌悪感分離不能
手を伸ばしても届きやしないことはもう知っている                           原因不明
神さまが残酷だということも                                 奈落マデ堕チテイケ
私には何も救うことが出来ないということも                  
                              
だから私はもう何も願わない                     ≪反現実主義者≫
                                         現実は戦場
召喚の媒体は、血と涙で描いた魔法陣                赤く染まった涙は誰の悲鳴なんだろう
さあ、取引の契りを交わしましょう?                   荒野の片隅でひっそりと泣く
                                         小さな雛菊は血に濡れて
                                         …かつては何色をしていたの
望みと代償を捧げよと                            ぼくもあなたも……
現れた漆黒の翼は微嗤んだ
                                         ………もう わからない……
代償には私自身を                          
そしてその代わりに――――                           ≪願うだけ無駄だとしても≫
                                                  子供が嫌いなのは
結果として幸福を与えられるのなら                               羨ましいから
役立たずな私は いっそ其方を選びましょう                   ……貴方はなくさないで
                                           この戦場のような世界の中で
これしか、出来なくて ごめんなさいね                         小さな宝石の輝石を
……幸せに、なってね                          少しずつ大人に作り変えられながら
私の――――                                     なくしたくないと喚きながら
                                          結局真っ赤に塗り潰してしまった
黒い鍵爪が鼓動を切り裂いた                           私のようにはならないように

………これで全ては終幕?いいえ
運命がそんなに生温いはずが無いじゃない
赤と黒の翼を背に携えて 彼の口の端が歪んだ嗤みを 浮かべた




≪永遠の意味≫
                                               暗闇を引き裂いて 彼らは
物語の裏に埋もれた声は 誰の耳にも届かないけれど            痛ましい程に叫んでいるのに
……誰かの心には届くのでしょうか?

黒と白が紡いだ矛盾は 翠を抱きしめた理想を砕き
佇む蒼の孤独の中に 緋は悲鳴を刻んでゆく

全てを識り……全てを失い……
全てを肯定し……全てを否定する……

虚偽に呪われた星の夢人は
其の丘の上で永遠に “淡雪”を歌い続ける………             ……幾度歌っても 唄い上げても
                                              触れた途端には掻き消えて
…識っていますか……
…解っていますか……
…貴方は、……覚えていますか……?                      静かに向けられた微笑みは
                                                まるで硝子のようだった
『――……何を?』  

虚偽だらけの問いかけに…“Yes”が与えられた時
丘の夜は終わりを告げる―――                                (――ねえ、君は、
                                            この“丘”の名前を覚えてる?)

無責任に紡がれた詩は 瞬く間に丘の闇に呑まれていく
誰にも届くことはなく 答えの還る日も訪れない……
0と1の間に…彼の歌は沈む……
答えの無い問いかけに…囚われし夢人の
拾い上げた星の言ノ葉たちは――……誰の元へ帰るのでしょう?
                                                   
サ  ヨ  ウ  ナ  ラ
                                                  「―――――………」

…さあ、そろそろお別れの時間
宜しく伝えてくれるかな、君だけを迎えに来る朝に
残念ながら、それが希望か絶望なのかさえ、僕には分からないのだけど
朝日に掻き消されてしまう声を 僕は此処で歌っているから
もしも僕の歌が届いたら――――、
          


                 ≪宇宙と星は世界の理 光と色の三原色は今日も魂の欠片を紡いでいく≫





2007年 文藝部誌「游」 初秋の号掲載



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