女と北風の


< 過去 >

暖かな春の陽だまりの庭
きらきらとした木漏れ日を両手に受けながら 笑っていた私
   
ソラ
歌は蒼へ響き 未来は確かにそこにあって
全て上手くいく気がしていたわ

夢は叶うと信じていた……

暖かな風と 小鳥の笑顔  全ては優しく 美しく
怖いことなんて何も無かった
春の庭で ブランコを漕ぎながら笑う私
優しく髪を撫でてくれる手は確かにそこにあって

今思えば  何て幸せだったのかしら……
    
セカイ             ソラ
壊れる庭 堕ちてゆく蒼
散ってゆく花々はガラスのように砕け散り

あんなに確かだと思っていた世界は
一瞬か それとも知らない内にだったのかは分からないけれど
壊れて 消えて  
死んでいったわ

暖かな光はどこへ行ったの? ここはまるで冬のよう
                          
ゲンジツ
冷たい風と氷雪 涙の雨  信じられない温度差
濡れて凍えた肩を抱きしめて  私は立ち尽くす

暖かな光はどこへ行ったの? どこへ行ったの?
何故消えてしまったの? どうして迎えに来てくれないの?
分かるはずもないまま  私は泣いた

胸に落ちる涙  それさえも冷たくて
寒くて伸ばした腕を掴んでくれる暖かな手は
もうここにはいないと  風は歌った…… 









< 現在 >

ねえ 誰か私を助けて                      “ああ 誰か彼女を助けて”
この寒い場所から連れ出してよ             “この寒い場所から連れ出して”
どうしてこんなに泣いているのに           “彼女があれほど泣いているのに”
誰も迎えに来てくれないの?                “この腕は彼女には届かない”
いつまでここで泣いていれば                 “彼女がどれほど泣こうとも”
あの手は迎えに来てくれるの?          “この手は彼の代わりにはなれない”

『誰か 助けて』

肩を抱きしめながら少女は泣き続ける
泣き顔に浮かぶのは 諦めと自らへの嘲笑と  ほんの一欠けらの――

氷雪の庭 凍りついた樹木  真っ白闇の冷たい世界
その元で 裸足で震えながら少女は泣いた  紡がれるのは悲痛の追想曲
いっそ全てを諦められたら その涙は枯れるでしょう
純粋なWhiteの雪庭に落ちる ささやかな反抗のようなBlueの涙
その涙が求めるのは……

「…ええそうよ 知っているわ
 ここは春の庭 春が去り 冬が訪れただけのこと……
 その中の光を見つけなさいと 北風は歌うけれど
 それなら この手足の鎖はどうしたら良いのか教えてよ…!」

“光”が欲しくて進みたくても 冷たい鎖が 私を閉じ込める……


泣き続ける少女の耳に その歌声は届かない

「君を閉じ込めている銀の鎖は
嗚呼 只の君自身の腕じゃないか……」


求めて 求めて  狂おしいまでに
光を求めながらも  自ら冬の中に立ち尽くす

少女は叫ぶ「私を助けて……」

『冷たく舞い踊る北風には』
『凍えた少女は救えないのだから』








               
みらい
< 現在と未来を繋ぎ 希望を求め伸ばされるのは >

彼女が春を求めるなら その手はあまりにも冷たすぎて
彼女が光を求めるには この手はあまりにも短すぎて
北風が必死で伸ばした手は 少女に届くことなく
肩を叩く風が冷たいと 紅い瞳で少女は泣いた

春を望むことは 北風には許されず
春を望んでも 北風の願いが叶うことはなく
何故なら冬は彼であり 何故なら彼は世界であった
泣き続ける少女を抱きしめながら
……北風は歌った
「彼女を助けて」

少女の涙
Whiteに落ちていくBlue
涙は風に舞い上げられて 蒼い雪となり降り積もる……。
それは少女の悲鳴であり
それは少女の 未来を望む小さな希望―――

彼女の涙が枯れる時 希望は枯れ 蒼は白に飲み込まれる
北風は歌う 北風は唄う
届かぬ手の代わりに 声よ届けと 一厘の希望は

さあ 早く気づくんだ
君の鎖を断ち切る鍵は 君の腕の中にある
君の扉を開け放つ鍵は 君の背に翼として生きている
お願いだ 僕の唄よ届いてくれ
腕が届かぬと言うのなら せめて願わせて欲しい
“彼女に 未来を――”

僕は歌い続ける
君が再び 顔を上げる日まで――

『……歌が聞こえる?』

この腕が届かないのなら
少女の翼が再び羽ばたけるように
せめてこの声が届くように 願いを込めて
北風は 唄い続けた……









< 未来 >

“彼女が救われるという事は”
       “彼の元から彼女が去ることであり”
                   “彼女が救われるという事は”
                            “彼の永遠の孤独を意味する――”

それは遠い未来か それは近い未来か
それとも
永遠に訪れることのない 儚い幻に過ぎない夢想か

とうとう 少女は  北風の唄に背を向けて
自らの腕の鎖を外し 自らの翼を羽ばたかせて
冬の庭で 光を見つけるだろう

『 さようなら 』

伸ばした腕は 決して彼女には届かない
けれども もしこの唄が彼女に届いていたのなら

笑顔で少女を見送る北風
しかし涙の消えたはずの雪庭に散るのは
涙の色をした雪の花?

それは 儚い願いの幻か
それとも
近い未来に 訪れる――

『 ありがとう 』

少女を救うのが北風であるなら
北風を救うのは……
髪を北風に舞らせて 振り返る紅い瞳
紅い瞳の笑顔は 夢か幻か
それとも

“ 未来を知る神がいるのなら
   北風は腕を伸ばしたりはしない…… ”


その冬の庭に立ち尽くすのは誰?  伸ばした腕を掴むのは誰?
その冬の庭から飛び立った鳥は誰?  光を抱いて微笑んだのは誰?
希望を捨てるのは 希望を手にするのは  誰―― …?









< 夢と願いと 未来の狭間で >

少女がいつか 自らの腕の縄を解き
どことも知れない 冬の彼方  走り出し
がむしゃらに腕を伸ばした時
世界が どうかその手を  暖かな誰かが どうかその手を
包んでくれることを

“ I ”は夢見る……

現実は 甘くない
…しかして 現実は そこまで残酷じゃないと
              
わ  ら
…冬の彼方で 誰かは微笑った

You          I

少女と北風の唄    “少女は自らの”
 I        You
少女と北風の唄    “北風は少女の”

救いを願う者たちの 擦れ違いの交響曲
救いを願う者たちの 触れ合う手の平が紡ぐ交響曲……

唄に込められた小さな希望よ
どうか冬が終わるまで
燃え尽きることなく そこに在れ……

...Fin?






2007年 文藝部誌「游」 迎春の号掲載


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