Fairy tale




【 物語の外側 】

今ではなく ここではない場所に
         
カミサマ
とある一人の物語作家がおりました

彼は、生涯を羊皮紙と羽ペンと共に暮らしました
幼き頃は、世界の何たるかを知らず
綺麗に輝くような御伽噺を、幸せな物語を描き続けました

彼は年月を歩みます
やがて思い知るのは


悲嘆 憎悪 嫉妬 侮蔑 嘲笑
  憤怒 慟哭 苦渋 愛憎 絶望   

現実


そして彼は気づいてしまうのです
                   
 世界
まるで御伽噺のような、幸せな物語など存在しない と


そして彼は気づいてしまうのです

喜びに満ちた物語ではなく、悲しみや怒りや、そういった感情を描いてみると
その本の読み手は、“素晴らしい”と言いました

悲しみと愛に満ちた、悲恋の物語を描くと、
本の読み手は、静かに涙を流しました

憎しみと狂気に満ちた、哀れな男の物語を描くと、
本の読み手は、ため息をついて「可哀想に」と呟きました

喜びのみに満ちた物語を描くと、
本の読み手は、「綺麗なお話だね」と微笑みました
しかしそこに、それ以外の感動は見当たりません

物語作家は気づいてしまうのです
喜びだけの世界なんて 存在していないのだと。

「喜びや笑顔はもう充分だ 新しい風を吹かせる時が来たのだ
 心震わせる戯曲を……
 
 読み手に涙を!読み手に感動を!」
ハッピーエンド              大切さ
美しい幸せを描き続け その価値観を見失った彼は
とてもとても楽しそうな笑みを浮かべて
 
世界   に   運命  を   綴っていく…
羊皮紙に羽ペンを走らせていく……


恋人を殺めざるを得ない少女

自ら交わした約束を忘れ去った少年

運命に弄ばれる吟遊詩人

自らの全てを失った巫女

全ての思い出を心に閉じ込める青年


堕天する天使

無力な神々
       
 モノガタリ
崩壊していく世界に、彼は一人笑みを浮かべた……

              
 blood
狂気 幻想 飛び散る赤い涙

儚くも気高い 可憐な雛菊が
紅く濡れ汚れているなどと
誰が想像するだろう……


羊皮紙の上の世界
羽ペンによって描かれた命に 反抗の術など存在しない
たとえ彼らが運命に奮起したとしても
その決意は儚き幻想
それすらも羽ペンに綴られた既に描かれたことだと言うのに!

「読み手に涙を!読み手に感動を!
 この程度の物語では事足りぬ、
 勇敢な英雄に闇の過去を!憤怒を、憎悪を与えたもう!
 気高き姫君に闇の誘惑の魔の手を!嘆きの泣き声を!
 過去に囚われし悲しき悪役に残酷な最期を!
     
セカイ
 そして物語に終焉を……」


いらない知恵をつけた彼は
次々に“素晴らしい”運命を描き出していく
ページをめくる度 その物語は崩壊していく……

その物語の名は―――



       



【 8ページ まるで人魚姫のような 】
  私が愛したのは貴方
  貴方が愛したのは私の一番の親友
 
  あの子はとても優しいから
  きっと私のために傷ついてしまうから
  二人分の幸せを引き換えに
  
  私はここでさようなら。
  
  悲しみの涙が海の泡に散る
  幸せな二人への悲しく幸せな追想曲


        【 34ページ 「さぞ寒かったことでしょうに…」 】
          向けられる声 声 声
          全てが僕を嘲笑っている 
          暗い闇の中、永遠に近い時を少年は膝を抱えて過ごし
          最後の最期に 彼へ光は差し伸べられた
  
          幸せそうに綻んだ笑顔が悲しみへ変わる
          やっと掴んだ安らぎも、死に行く彼には

          刹那の幻


   【 82ページ 自己嫌悪と書いて自己否定 】 
    鏡を叩き壊したい衝動にかられる
    嫌だ、見たくない 
    
 シンソウシンリ
    鏡に映る私が囁く

    「私はあなた あなたは私
     逃げても無駄よ 私はあなたと共にある」
 
    やめてやめてお願い  …私の前から消えて!!
    粉々に砕けて キラキラと堕ちるガラスの雨
    …そして彼女は、己の中から生まれくる闇に呑まれて
    光を見失い
    永久の時を彷徨い 水晶のような涙を流し
    最後に嘆きの唄を歌って、闇の中へと倒れていった


                    【 138ページ 絶望、過程、結果、絶望 】
                      焼け落ちた村に一人残された少年は絶望し
                      彼は その手に銃を握った
                      敵国で出会う全ての人間を撃ち殺し
                      やがては出会う全てを撃ち殺し
                      ああ、彼は撃ってしまってから気づいたのだ
                      
                      囚われの、かつての恋人を彼は撃ちぬいた



【 264ページ 生命の追憶 】

             【 265ページ 真実は世界よりも重く 】


【 387ページ 全ての崩壊 】                  【 403ページ 濡れた雛菊 】
   少女の絶叫が響き渡った。                  「さようなら。
   ああ、私が生きたこの世界は。                私を勝手に愛した、
   あの空は、星は、友は、愛する人は、そして私は、     私が最も憎んだバケモノ。
   全て幻だったのだ。                       貴方は騙されていたのよ。
                                      だって、私がそうしたのだもの。
                                      ……貴方を殺すために」
                                      銃声。

【 569ページ 夢の唄 】
  待って。待って。待っておくれよ。
  どうして置いていくんだい?大丈夫、僕も逝けるから――
  狂気に満ちた笑い声
  男は、振り返ってくれなかった女の亡骸を掻き抱き、
  
 フタツノカラダ
  紅い二厘の花が海へと散った。

                     【 606ページ 天使の微笑み 】
                       「ぜぇんぶ、壊してあげるよ。
                        世界も記憶も心も魂も思いも想いも命も」 
                        ……ぜぇんぶ終わったら、
                        僕が宝箱に入れて大事に閉じ込めておくから。
                        その、恐怖に彩られた表情さえも、全部僕のモノ。
                        悪魔は、囚われの姫君の首筋に紅い口付けを…


   【 642ページ それすらも運命と呼ぶのなら 】
    勇者は、魔物だと思ったものに憎しみの全てを込めて剣を突き立てました
    絶叫を掻き消すような嗤い声が響き渡ります
    驚いて振り返ると、おやおや、そこにいたのは殺したはずの魔物
    勇者が手元へと視線を戻すと、剣に貫かれていたのは、
    魔物の術で姿を変えられていた、
    世界を救うために生まれた、勇者の愛した姫君でした
 
    崩壊へと転がり落ちていくのは、何て簡単な事だろうか


【 742ページ 終焉の果て 】
 全てが無くなった世界で、
 ただ一人生き残り、気が狂うことも赦されず、
 永遠の時を一人佇むことになったのは――
 ……永遠の意味が分かりますか?

                  【 863ページ 虚無 】
                    風が吹き抜けました そこには何もありません
                    悲しみも絶望も憎しみさえも。
                    そこには何もありません
                    そこには、何もありません
                    あるのは狂気 ただ一つ

【 900ページ 絶望の色は 】
 黒一色で塗りつぶされたページ。
  その感情を語るには、文字など役に立ちはしない


     【 986ページ 】
       白紙
                【 989ページ 】
                  白紙
                           【 994ページ 】
                            白紙に、紙を握り締めた跡   
  【 997ページ 】
   ぼろぼろの読めない羊皮紙
                 
               【 999ページ 】
                何度も書き直され擦り切れていて、読むことができません



【 1000ページ 】

物語作家は、笑う事を止めました。
全ての表情を無くしたようにして、羽ペンを置きました。
何かを失くしてしまったかのように、力なくうなだれました。
 彼の望んだ世界とは
一体何だったのでしょう?



その物語作家は
幾多の運命を描き出し その先に何を垣間見るのか―――

擦り切れたタイトル
読めないノンブル
一体それがいつの物なのか、知る者はもうこの世にいない

浮かび上がる文字の連なり
    
神の世
それは彼方に綴られし―――



      



【 物語と現実の間 そこに佇む一遍の唄 】

目の前に広がっている道は遠く果てしなく
そこを歩いている僕は 一体どこに向かっているの?

誰も行く先は知らず 誰も行く先は分からず
ただ心の羅針盤の示す先に
風が吹きぬける 蒼の彼方へ


「さあ 己の導く元へ」


何処へ行くのか
何処から来たのか

答え求めて 空を仰いだ
蒼穹は優しく微笑むばかり

その背に持つ翼を広げて
運命の呼ぶ先へ 運命を越えて
大地を蹴り 僕らは今天使になる


運命という名の物語
その先に待つのが終焉ならば 彼らは何故飛んでいるのだろう?

「運ばれるだけなんて望まない 僕らは翼を持っているんだ!」


果ての無い蒼穹の彼方
風が吹き荒び霰が降ろうとも 彼は飛び続ける
その胸に灯る光が消えたとき
          
き え
背に生えた翼は消滅る


「さあ飛び立ちなさい 己の向かう先へと!」


運命を蹴飛ばし 大切なものに手を伸ばし
夜空を駆ける流星のように、心に掠める希望の思いを星として
Shooting star 奇跡の軌跡を――

願いをかなえる流れ星 その背に背負うのは自らの願い
いずれ燃え尽きる流星となって

その背に翼はある 希望に輝く
大地を蹴り 広がる蒼穹へと
紡がれていく物語
運命の呼ぶその先へと 運命を越えて
空を駆けて 手を伸ばす


その手に掴んだのは――――


希望を願い 空を駆けた天使

空色の瞳にきらめく星よ
bright
未来を指し示せ



「         」



Fairy tale その又の名は Destiny

…What is the destiny?


Fin.


      

2006年 文藝部誌「游」 晩秋の号掲載



inserted by FC2 system